第2話

フライパン
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2020/11/24 02:39
僕は父さんが好きではなかった。
父さんは単身赴任で海外で暮らしている。
研究熱心で夜になっても食事を採らないこともあった。
書斎の本棚には天文学に関する資料や論文など、僕にはわからない書物がところ狭しと並んでいた。
母さんは同じ天文学者であったが、僕が生まれてからはパートとして喫茶店で働いている。
小さい頃は嬉しかった。雑誌に父さんの写真が掲載されたものを見るや誇らしくなった。
誰かに自慢できるような父さんなんだと思った。
僕が十歳の頃だろうか、父さんと母さんの確執に気づいた。
僕が寝てる時間に二人の口論が始まった。いつもは穏やかな二人で僕に笑顔を向けてくれる。それなのに、母さんが泣いていた。
僕は怖くなった。何故母さんが泣いてるのかわからなかった。ドアの隙間から『どうして……』と嗚咽を漏らす母さんを見て僕も泣きそうになった。
幼心ながらにも、父さんと母さんに溝があることに気づいた。
今にして思えば、父さんはその頃から浮気をしていた。
夜空を見上げ、初めて北斗七星を教えてくれた父さん。
僕は思わず『フライパンが空に浮いてるよ!』
なんて言い、心を弾ませた。
僕が喜んでる姿を見て母さんは『そうね、あれは恒星と言ってね、自分の力で光ってるのよ。いつか夏樹も自分だけの力で光ると良いわね』
当時は意味がわからなかった。
でも、星空をみると何もかもが輝いてみえた。
母さんが言うように僕にも何か光るものがあるのだと思えた。
父さんと母さんの二人で獅子座流星群を見たときの感動は忘れない。
でも、それは過去の出来事だ。今は伊織と時々、夜空の星を眺めるくらいになった。
悪いのは父さんであって、星空には何も悪くはない。
出来ればあの頃に戻りたい。
それからというもの、僕は天文は好きだが、その道に目指したいとは思えなくなった。

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