第10話

天体観測
159
2020/11/24 05:24
今夜の天気は快晴だった。雲一つない。
町の明かりで星が見えにくいということで、
少し離れた丘に、母さんの車で移動した。
松島伊織
松島伊織
うわぁ、満天の星空だね。
見てるだけで吸い込まれそう
飯島夏樹
飯島夏樹
今日はいつもと違って良いものを用意してきたよ。
飯島洋子
飯島洋子
ちょっと夏樹、あんたも手伝いなさいよ。
天体望遠鏡の設置の仕方わかるんでしょう?
母さんが息を切らせて、天体望遠鏡を担いでいた。
10歳の時からもう、これを触ることはないと思っていた。
松島伊織
松島伊織
それで、月を見てみたい!
飯島洋子
飯島洋子
はい、お姫様がご所望よ。
夏樹、交代ね。
飯島夏樹
飯島夏樹
わかったよ。
ちょっと待ってね。
今から準備するから。
松島伊織
松島伊織
洋子さん、ごめんなさい。
今まで本当のことが言えなくて
飯島洋子
飯島洋子
伊織さんから聞いたときは驚いたわ。
まさか、お父さんが二百年前の過去にいるだなんて思わなかったもの。
母さんは『過去にいた』ではなく『過去にいる』と言葉を選んでいた。時代は違っても、まるで父さんと一緒に生きているように僕には聞こえた。
飯島夏樹
飯島夏樹
父さんは僕たちと別れる時、もう少し別の嘘をつくことはできなかったのかな。
父さんに憎しみしか沸いてこなかったよ。
飯島洋子
飯島洋子
それは、多分、私が他の人との再婚を考えたのかもしれないわね。あの人らしい不器用な気遣い。
でもそんなの考えられないわよ。
飯島夏樹
飯島夏樹
どうして?
飯島洋子
飯島洋子
夏樹が成長するほど、お父さんと結婚して良かったと思えるもの。
あなた、最近、若い頃のお父さんの顔立ちが似てきたんだから
飯島夏樹
飯島夏樹
僕に惚れないでね
父さんは今頃どうしているのだろうか?
僕の家系が代々天文学者なら、新しい人生を歩んでいることになるのだろうか。
松島伊織
松島伊織
やっぱり、素敵な家族ですね。
夏生さんが私の自慢の家族だといつも言ってましたから。
飯島夏樹
飯島夏樹
伊織さんは、なんで早くに父さんのことを言ってくれなかったの?
そうしたら、僕たちも納得はできなかっかもしれないけど、理解はしたよ。
飯島洋子
飯島洋子
夏樹はもう少し乙女心を把握しなさい。
私たちの家族が離れた原因は、伊織さんがその一端を担ってると思ってるのよ。
そんな重要なこと怖くて打ち明けられないでしょう。
松島伊織
松島伊織
本当にごめんなさい。
飯島洋子
飯島洋子
でもね、伊織さん。
あなたには自分の生きたいようにして欲しいの。歴史に縛られた過去に奔走されたと思うわ。
これからは自由に生きて良いのよ。
伊織はそっと僕の手を握った。
不安なことは独りで抱えて、僕にとって伊織にできることを見つけたい。
松島伊織
松島伊織
私は夏樹くんと一緒にいられることが幸せです。過去から未来に行ったときに夏樹君が、私と同い年でびっくりしましたけど。
飯島夏樹
飯島夏樹
そういえば、伊織さん。
僕宛のラブレターがあるの?
初めて告白してくれた時も、今日の朝の告白の時も受け取ってないよ。
松島伊織
松島伊織
それは、その、内緒です。
飯島洋子
飯島洋子
月が見えるわよ、ほらほら、伊織さん覗いてごらんなさい。
松島伊織
松島伊織
わぁ、綺麗。クレーターまでみえる。
ウサギさんはいるのかな?
僕にとって伊織は恋人であり家族でもある。
伊織が父さんと歴史の中で奮闘したなら、今度は僕が伊織との思い出を作りたい。
飯島夏樹
飯島夏樹
伊織さん
松島伊織
松島伊織
何?
飯島夏樹
飯島夏樹
僕はそれでも、天文学への道に進むかわからない。
松島伊織
松島伊織
それでも私は
飯島夏樹
飯島夏樹
でも、父さんに会うために別のアプローチを考えてみるよ。
今すぐには難しいけど、二人で一緒に会いに行こう
松島伊織
松島伊織
夏樹君
母さんは僕と伊織を抱きよせた。
伊織の白いワンピース裾がふわりと揺れた。
飯島洋子
飯島洋子
なーに言ってるの、三人で会いに行くのよ!
歴史は常に変わるものだ。
でも、少しで良いから人の営みの記憶を
刻んでいたい。
嬉しいこと、辛いこと、楽しいこと、悲しいこと
それら全てを受け入れることは難しい。
しかし、時の流れに身を任せるのも良いのかもしれない。
あなただけの時代を作って欲しい
いつだって白紙の人生なのだから。

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