今夜の天気は快晴だった。雲一つない。
町の明かりで星が見えにくいということで、
少し離れた丘に、母さんの車で移動した。
母さんが息を切らせて、天体望遠鏡を担いでいた。
10歳の時からもう、これを触ることはないと思っていた。
母さんは『過去にいた』ではなく『過去にいる』と言葉を選んでいた。時代は違っても、まるで父さんと一緒に生きているように僕には聞こえた。
父さんは今頃どうしているのだろうか?
僕の家系が代々天文学者なら、新しい人生を歩んでいることになるのだろうか。
伊織はそっと僕の手を握った。
不安なことは独りで抱えて、僕にとって伊織にできることを見つけたい。
僕にとって伊織は恋人であり家族でもある。
伊織が父さんと歴史の中で奮闘したなら、今度は僕が伊織との思い出を作りたい。
母さんは僕と伊織を抱きよせた。
伊織の白いワンピース裾がふわりと揺れた。
歴史は常に変わるものだ。
でも、少しで良いから人の営みの記憶を
刻んでいたい。
嬉しいこと、辛いこと、楽しいこと、悲しいこと
それら全てを受け入れることは難しい。
しかし、時の流れに身を任せるのも良いのかもしれない。
あなただけの時代を作って欲しい
いつだって白紙の人生なのだから。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。