第2話

よだかの星 2
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2020/05/28 08:55
よだか
(一たいぼくは、なぜこうみんなにいやがられるのだろう。僕の顔は、味噌をつけたようで、口はけてるからなあ。それだって、僕は今まで、なんにも悪いことをしたことがない。赤んぼうのめじろが巣から落ちていたときは、助けて巣へ連れて行ってやった。そしたらめじろは、赤ん坊をまるでぬす人からでもとりかえすように僕からひきはなしたんだなあ。それからひどく僕を笑ったっけ。それにああ、今度は市蔵だなんて、首へふだをかけるなんて、つらいはなしだなあ。)
 あたりは、もううすくらくなっていました。夜だかは巣から飛び出しました。雲が意地悪く光って、低くたれています。夜だかはまるで雲とすれすれになって、音なく空を飛びまわりました。

 それからにわかによだかは口を大きくひらいて、はねをまっすぐに張って、まるで矢のようにそらをよこぎりました。小さな羽虫が幾匹いくひきも幾匹もその咽喉のどにはいりました。

 からだがつちにつくかつかないうちに、よだかはひらりとまたそらへはねあがりました。もう雲は鼠色ねずみいろになり、向うの山には山焼けの火がまっ赤です。

 夜だかが思い切って飛ぶときは、そらがまるで二つに切れたように思われます。一ぴき甲虫かぶとむしが、夜だかの咽喉にはいって、ひどくもがきました。よだかはすぐそれをみこみましたが、その時何だかせなかがぞっとしたように思いました。

 雲はもうまっくろく、東の方だけ山やけの火が赤くうつって、おそろしいようです。よだかはむねがつかえたように思いながら、又そらへのぼりました。

 また一疋の甲虫が、夜だかののどに、はいりました。そしてまるでよだかの咽喉をひっかいてばたばたしました。よだかはそれを無理にのみこんでしまいましたが、その時、急に胸がどきっとして、夜だかは大声をあげて泣き出しました。泣きながらぐるぐるぐるぐる空をめぐったのです。
よだか
(ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのただ一つの僕がこんどは鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。僕はもう虫をたべないでえて死のう。いやその前にもう鷹が僕を殺すだろう。いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。)
 山焼けの火は、だんだん水のように流れてひろがり、雲も赤く燃えているようです。

 よだかはまっすぐに、弟の川せみの所へ飛んで行きました。きれいな川せみも、丁度起きて遠くの山火事を見ていた所でした。そしてよだかの降りて来たのを見て云いました。
川せみ
兄さん。今晩は。何か急のご用ですか。
よだか
いいや、僕は今度遠い所へ行くからね、その前一寸ちょっとお前にいに来たよ。
川せみ
兄さん。行っちゃいけませんよ。蜂雀はちすずめもあんな遠くにいるんですし、僕ひとりぼっちになってしまうじゃありませんか。
よだか
それはね。どうも仕方ないのだ。もう今日は何も云わないでれ。そしてお前もね、どうしてもとらなければならない時のほかはいたずらにお魚を取ったりしないようにして呉れ。ね、さよなら。
川せみ
兄さん。どうしたんです。まあもう一寸お待ちなさい。
よだか
いや、いつまで居てもおんなじだ。はちすずめへ、あとでよろしく云ってやって呉れ。さよなら。もうあわないよ。さよなら。
 よだかは泣きながら自分のおうちへ帰って参りました。みじかい夏の夜はもうあけかかっていました。

 羊歯しだの葉は、よあけのきりを吸って、青くつめたくゆれました。よだかは高くきしきしきしと鳴きました。そして巣の中をきちんとかたづけ、きれいにからだ中のはねや毛をそろえて、また巣から飛び出しました。

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