第2話

【プロローグ】
9,016
2019/08/05 01:09
なんてつやっつやピカピカの美しいオレンジ色なんだろう。こっちの黄色の発色も目に痛いほどまばゆくて、眩暈がしそう。

右手にオレンジのパプリカ、左手に黄色のパプリカを持ち、わたしは交互にうっとりと眺めた。

ここはお隣に住む松風一威、イチの家のダイニングだ。イチの家とわたしの家は同じ区画の庭付き一戸建ての建売住宅で、ほぼ同じ外観で並んでいる。

イチの家のキッチンに臨むアイランドカウンターの手前には、おしゃれなパイン材の大テーブルが置いてある。

そのテーブルの上には、ふだんわたしが家で扱っているものより、ずっとずっと上質な野菜がてんこ盛りになっている。赤、オレンジ、黄色の大きなパプリカをはじめ、トマト、アスパラ、ズッキーニにブロッコリー、ニンジンの色鮮やかさは筆舌に尽くしがたい。

でもここでわたしがあえて語っておきたいのは、色こそ地味だけど万能野菜のじゃがいもの存在だ。このふっくりした完璧なフォルムはどうだろう。中身がぎゅうっとつまっていて、火を通せば歯ごたえとともにサクふわな食感が得られることはお約束。

ああ、こんなに素晴らしい野菜を使って料理ができるなんてとっても幸せ。

うちの家庭菜園で採れる野菜が世界一だと心得ていても、これだけの逸材を前にするともう……。
松風一威
松風一威
蒼! お前はいったいいつまでそうやって野菜とたわむれてんだよっ!
野菜の山をかき分けるように、わたしよりちょっと太い半そでTシャツの腕が、テーブルの真ん中にダンっと音を立てて乗せられた。さっきまで高校の制服のままだったのに、いつの間に着替えたんだろう。
桜木 蒼
桜木 蒼
イチ……
両手にパプリカ! のままわたしは斜め上にあるイチの顔を眺めた。ベジタブルドリームから現実に戻ってこられず、不覚にも一瞬イチに見とれる。相変わらずきれいだ。

テーブルの前に座るわたしを見下ろすくりっとした二重瞼。そのすぐ下から形のいい顎にかけての頰の曲線はやわらかく、ひたすら優美で甘い。

十六歳男子にしては幼いくらいで、まだわたしと一緒の布団にくるまって眠っていた幼稚園の頃の面影さえ残っている。
松風一威
松風一威
俺も一緒に作るぞ。蒼に任しといたんじゃ野菜野菜野菜のオンパレードだ。こちとら高校二年の食い盛りだっての
桜木 蒼
桜木 蒼
はぁ
松風一威
松風一威
蒼の野菜偏愛は警戒レベルだな。ほらまずこっち!
わたしからオレンジのパプリカを乱暴にとりあげると、代わりに銀色のトレイに載った三枚の立派なステーキ肉をずいっと目の前につきだしてくる。
桜木 蒼
桜木 蒼
えっ! なにこれ、めちゃくちゃすごくない? これも〝宵月〟から届けられたの?
松風一威
松風一威
そう。あっちに魚介もあるぜ
視線だけで冷蔵庫を示す。
桜木 蒼
桜木 蒼
すごいね。春日部くん
〝宵月〟というのは、産地にこだわった高級創作和食の先駆け的なお店で、イチの親友の春日部大和くんのお父さんがオーナーだ。イチの仲間であるフォネツのメンバーを集めて遊んだりご飯を食べたりする会(通称ホネ会)の時にほぼ毎回食材を届けてくれる。前日の野菜が多いらしいけど、どれがそうなのかわからない。みんな充分新鮮だ。
松風一威
松風一威
フォネツに大和がいたのはラッキーだったな
そこでイチは唇の片端だけをあげる笑顔を向ける。こんな笑み、たいていの人がすれば嫌味ったらしく見えてしまう。でもイチがすると、それさえとろけるような甘さをかもしだすのだ。

わたしと違ってイチは完璧に顔で得をしているタイプ。イケメン枠の中でも線が細くて中性的、どっちかというとかわいい寄りの男子だ。

それなのに。
松風一威
松風一威
おらおらおら蒼っ! とっとと用意にとりかかりやがれ。あいつらすぐなだれ込んでくるぞ
座っている椅子の脚をけっ飛ばされる。
桜木 蒼
桜木 蒼
わかったよ、もおおおー
わたしは仕方なく立ちあがった。

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