第4話

【頂点男子とすそ野女子の攻防】
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2019/08/07 01:09
今日は休日で学校はお休み。

でもイチは午前中、バスケ部に出ていて、夕方からホネ会を開くという。フォネツの会を、略してホネ会と呼び出したのはそのメンバーたちだ。
桜木 蒼
桜木 蒼
うわ、イチっ。そんな切り方したら手ぇ切っちゃうよ。こうだよ、こう
松風一威
松風一威
うるっせえな、蒼。俺はこういう切り方のほうが好きなの
アイランドカウンターで向かい合って大量の野菜を切っている。イチの危なっかしい手つきに視線を奪われ、作業がちっとも進まない。
松風一威
松風一威
おわぎゃっ!
桜木 蒼
桜木 蒼
切った?
イチの奇怪な悲鳴に、ようやくじゃがいもに戻した視線をとっさに上げる。
松風一威
松風一威
ききき、切ってはないけど……
イチの前のまな板にはズッキーニの不揃いな輪切り。これでも切りやすい野菜を指定したつもりなんだけど。
桜木 蒼
桜木 蒼
もうちょっと素直になってよイチ。そうしないとほんとに指まで切ることになるよ?
わたしは握っていた包丁を置き、カウンターを回ってイチの隣に立った。
桜木 蒼
桜木 蒼
包丁の持ち方はこうだよ。ちゃんと柄の根元をしっかり握るの。野菜を押さえる左手は添える感じで──
松風一威
松風一威
あぶねーって蒼! 包丁のそんな近くに指を
桜木 蒼
桜木 蒼
怖がって遠くを押さえるから、ズッキーニが安定しなくてゆらゆら動いちゃうんだよ。押さえる手の形は軽いグー。こうだよ
背後にまわり、イチの両手を、野菜を切る定型に形作り、上からわたしの両手で押さえた。
松風一威
松風一威
ちょ、やめ……。こんな近く……密着やばい
桜木 蒼
桜木 蒼
刃の平は、押さえの指に密着させるイメージなのよ。刃先が怖くて包丁が使えるかっての
松風一威
松風一威
いや、そういう意味じゃ……
これくらいのことにフォネツのトップが怖がってまったく! イチの頰がふだんちょっと見ないくらいのさくら色に上気している。
桜木 蒼
桜木 蒼
大丈夫、怖くないってば
松風一威
松風一威
おおおお、おう
イチは美和ちゃんが夜勤だと、その時々の自分の仲間──中学時代の派手メンツや今ならフォネツ──を呼んで、一緒にご飯を食べたがるのだ。それは中学二年からのことだから、自分ひとりで料理する機会もない。夜勤の時の料理はわたし頼みだ。

中学の時は人数も少なかったからわたしひとりでがーっと作っていたけど、高校に入ったら女子まで仲間に加わり、多い時だと十人を超える。

これからも続けるつもりなら、イチにも一人前の戦力になってほしい。

イチはわたしとおなじで早くに父親を亡くし、看護師をしているお母さんひとりに育てられている。勤務先が大学病院の美和ちゃんは、仕事の時間が不規則で、こうやって休日の午後から夜遅くにかけて勤務のことがたまにある。三交代制の準夜勤だ。

美和ちゃんとはイチのお母さんのことだ。物心ついた時からうちのお母さんが美和とか美和ちゃんと呼ぶから、それで定着してしまった。ちなみにイチはうちのお母さんのことをミミちゃんと呼ぶ。わが母、桜木三美子四十三歳。

どうしてこんなに詳しいのかって、うちのお母さんも美和ちゃんが勤める病院で、看護師をしているからだ。二人は看護学生時代からの親友だ。

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