第12話

【頂点男子とすそ野女子の攻防-9】
2,070
2019/08/26 01:09
エプロンには、斜めに流れる金色の線と、その中に円が全体をぼかしたように入っている。写真でさえ、プリントじゃなくて染めや織りで出した柄だとわかる。ファンタスティックで幻想的。きっと有名なデザイナーさんの作品だ。
桜木 蒼
桜木 蒼
宵月だね
春日部大和
春日部大和
え?
桜木 蒼
桜木 蒼
この作務衣のエプロンのデザイン。宵月って、陽が沈んで間もない頃だけに見られる特別な月のことでしょ?
春日部大和
春日部大和
そう、みたいだね
そこで春日部くんがちょっと口ごもった。
桜木 蒼
桜木 蒼
大事な人と特別な時間を、ってオーナーさんの思いが伝わってくるみたいな、ほんとにほんとに素敵なお店
春日部大和
春日部大和
…………
何も答えず、まじまじとわたしの顔を見つめている春日部くんに気づいた。

また思い込みの強い創作方面寄りの妄想炸裂で、春日部くんを引かせたのかと心配になり、あわてて弁解しようとした矢先だった。

なにか、横から凍てついた微粒子が漂ってきているのを感じ、そっちに視線を向けた。わたしと春日部くんが向かい合って話しているアイランドカウンターの側まで、イチが来ていた。イチは腕組みをしたまま春日部くんのお尻を、いい音をさせて足の甲で叩いた。

小学四年から空手道場に通っているイチ。特に足技がお得意らしい。足の甲を絶妙な力加減で狙った場所にクリーンヒットさせることがうまい。
春日部大和
春日部大和
うおっ?
春日部くんはつんのめってアイランドカウンターの角に腰をぶつけそうになった。わたしのほうに倒れてこないのは幸いだったけど、今のは完全に力加減を誤っていると思う。
松風一威
松風一威
大和、みんな待ってんぞ?
春日部大和
春日部大和
え、そうか? みんなゲームに夢中じゃん……ってイチ?
松風一威
松風一威
………………
春日部大和
春日部大和
あっ! そうだな。急ぐわ! 蒼ちゃん、俺が全部持ってくからここは平気だよ
桜木 蒼
桜木 蒼
え?
すでにトレイに載せてあったプリンをアイランドカウンターから持ち上げて、春日部くんはあわただしくみんなのいるリビングに戻って行った。

話が頓挫したように感じ、わたしはきょとんと春日部くんの後ろ姿を見送った。

イチの友だちの華やかな人ともフランクに話せたことに、ちょっと高揚してもいたんだろう。話題が自分の得意分野だったからなのかもしれないけど、そんなに気負うことなく喋れたことが嬉しかった。
松風一威
松風一威
蒼、お前はもう帰れ
だからイチから突然そんなことを言われ、頭から冷水をかけられたような気がした。心底混乱した。わたしもしかして、イチに恥をかかせるような大きな失敗をした?
桜木 蒼
桜木 蒼
どうし……
松風一威
松風一威
サンキューな。蒼の料理はやっぱ美味いわ。だけどお前も気ぃ遣うだろ
そりゃ……。イチの友だちだから気は遣うけど、正直楽しくなかったわけじゃない。

みんな見た目は派手だ。特に女子二人はこの間まで中学生だったとは思えないほどあか抜けていておしゃれだ。でも話してみると、みんな根っこはわたしと変わらない十五歳だとわかって、妙に安心もした。

そう思っているのはわたしだけなのかもしれないと、イチの言葉を聞いて考え始めた。

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