第7話

【頂点男子とすそ野女子の攻防-4】
2,702
2019/08/14 01:09
今日はうちのお母さんも準夜勤だ。

なぜかローテーションで美和ちゃんとかぶることが多い。大きな大学病院で、担当の病棟は違うけど、準夜勤や夜勤の時間帯は同じなのだ。

のろのろとした手つきで鍵穴に鍵を差し込もうとして、足元になにかが置いてあることに気がついた。夕暮れの光の中で、小さなダンボールに入った野菜が、つややかな色を発していた。

鍵を開けるとわたしはそのダンボールを抱え、さっきまでいた場所とまるで変わらない玄関に足を踏み入れる。上がり框にダンボールを置くと、そのままそこにへたり込んだ。

いつからこんなことになってしまったんだろう。どうしてイチはわたしにいつまでもこんな役目をさせるんだろう。

中学生のイチも、今と変わらずクラスや部活の枠を超え、学年で一番目立つ子たちとつるむことが多かった。フォネツみたいな名前こそなかったけど、やっていることは今とほとんど同じ。

母親二人が親友の松風家とわたしの家、桜木家は示し合わせてこの建売住宅を隣同士で購入した。イチとわたしの父親同士もうまが合って、すぐに意気投合したそうだ。

そして二家族には半年違いの同学年で子供が生まれた。先に生まれたのが桜木家のわたし。そして半年後に松風家のイチ。

わたしとイチは生まれた時からいつも一緒で、とても幸せに育った。芝を張った庭で子供用プールに入ったり、バーベキューをしたり。まだお父さんがいた頃の記憶は温かいものばかりだ。

それが一変したのが小学四年の秋の休日だった。イチのお父さんとわたしのお父さんは二人でゴルフに行き、その帰りに交通事故に遭った。スリップしたトラックが、中央分離帯を乗り越えてお父さんの運転する乗用車に突っ込んできたと聞かされている。

イチのお父さんは即死だった。でもわたしのお父さんは病院でしばらく生きていた。

わたしのお父さんはまだ九歳だったイチに対し、蒼を頼む、と繰り返し言っていた。何度も何度も、それこそ息の止まる寸前まで。

それに対し、イチは見たこともないほど真剣な表情で、お父さんの手をしっかり握り、約束します、と答えていた。

それがわたしの記憶に残るお父さんの最期だけれど、今となってはあれが本当にあった出来事なのかどうか判断がつかない。だっておかしい。どうしてうちのお父さんはお母さんじゃなく、まだ小学生のイチに「蒼を頼む」と言ったのか。

イチだって自分の父親を突然亡くし、パニック状態にあったはずだ。うちのお父さんやわたしのことになんか、かかわっていられる精神状態だったとは思えない。

蒼を頼む。約束します。今でも耳に残るあのやりとりは、大好きなお父さんを亡くし、誰かに頼りたくなったわたしの弱い心の表れなのかもしれない。

それからの松風家と桜木家は文字通り力を合わせて生きてきた。家の保険というものが下り、世帯主を失った松風家も桜木家も住宅ローンの返済が免除になったらしい。

おかげでこの住み処は手放さずにすんだ。

そして幸いにも母親二人は看護師という立派な職業を持っていた。

イチとわたしが小学生の頃には、夜勤がかぶらないように病院側に調整してもらっていたようだ。そしてどちらかの夜勤の時は、そうではないほうの母親が子供を預かる。男女だったこともあり、中学にあがると子供の預かり合いはやめたけれど。

プリ小説オーディオドラマ