それからすぐ窪谷くんと柳瀬くんが来た。二人ともおみやげをダイニングテーブルの上に置くとすぐにリビングに入って行った。
春日部くんだけがまだダイニングテーブルのまわりでうろちょろしていて、そのうちわたしの仕事っぷりを見ようと思ったのかカウンターのほうまでまわりこもうとした。
当然かもしれない。春日部くんは〝宵月〟オーナーの息子だ。自分の親のお店の人が、わざわざ軽トラで運んでくれた食材だ。
イチが春日部くんをさえぎろうとした瞬間、玄関で明るいソプラノがいくつも炸裂した。わたしの大の苦手な女子軍団の登場だ。
イチがわたしのほうに来ようとしている春日部くんに、そう指図した。
女子たちは基本、わたしのことは態度では無視だ。ただし、言葉は発しないくせに視線を上から下までなぶるように這わせてくる子がたまにいる。実を言うと全力で怖いです。
みんな学校の時よりあきらかに華やかなメイクをしている。
特に綾川高校一の美女と謳われている白石麗香さん、わたしに超つめたい彼女は白い肌に真っ赤なリップが目を惹いて、モデルばりの美しさだ。彼女は露出度の高い個性的な服装のことが多い。
今日も、ダメージ入りまくりのショートパンツにオーバーサイズのジャケットを崩して羽織っている。靴なんてわたしが履いたらひっくり返りそうな厚底がご愛用品だ。
白石麗香さんを筆頭に、ダイニングテーブルの上に持って来たジュースやお菓子、デザートらしきおみやげを置くと、次々にリビングへ入って行く。キッチンには近づきもしない。こっちに目配せをしてちょこっと頭を下げてくれる子もいるけど、基本わたしは空気だ。
そんなイチの命令調の指示にも、この場でやることのできたわたしは飛びついた。
でも、みんなが手分けしてお皿を運んだりジュースを注いだりしている間に、サイコロステーキは簡単にできあがってしまった。
男子も女子も、庭に面したリビングで、きゃあきゃあと楽しそうに用意をしながらじゃれている。
キッチンを離れたくない。あそこに行きたくない。だけど、誰もこの完成したステーキのお皿に注意を払ってくれない。
ばっちりメイクに流行りの服をそつなく着こなすあの女子たちの中では、すっぴんで野暮ったいエプロン姿のわたしは思いっきり浮いてしまう。
呟いたけど、L字の大型ソファをみんなが座れる形に直しているイチに、わたしの小声は届かない。
仕方がない。このステーキはわたしが運ぶしかないんだ。これを運んだらすぐ家に帰ろう。
極上野菜に興奮しきって楽しく調理にいそしんでいたさっきまでの気持ちが、噓みたいにしぼんでしまっている。
わたしはサイコロステーキの大皿を両手で持ち、意を決してリビングのほうに歩き出した。大きなローテーブルの端に、できるだけそっと置く。さあ早くここから出て行こう。
しかしながら、あせったわたしは足が変にもたつき、リビングとダイニングのほんの二ミリの境につまずいて転んだ。
お皿を持っていなかったのが不幸中の幸いだ。でもかなりの音がして、みんながばらばらとこっちを振り向く。さっきまでの騒々しさが一瞬にして止み、みんながわたしに注目していることがわかる。
ぷっと、小さく吹き出す声が静まり返ったリビングに響く。女の子の誰か、たぶん白石麗香さんが笑ったのだ。顔が火を噴いているのがわかる。
おかしな体勢のまま、わたしは頭をさげ、きびすを返した。
とっさに大声でそう叫んでくれたのは春日部くんだけだった。
イチの声が背中を追ってくる。また何か作りに来いってか。
呟く自分の声は喉につまる涙のせいで、唇から漏れたかどうかわからない。
わたしは玄関で靴を履くのももどかしく、すぐ隣の自宅に逃げ帰った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!