あなたside
壱馬、多分私のこと好きじゃない。
歩きながらそう自分に言い聞かせて諦めようとする。
だけど、そんなことスペシャリストじゃない私には
ハードルが高すぎて無理だった。
忘れることなんてできない。
壱馬っ…
私は壱馬だけだったのに。
私は思わず立ち上がった。
なんで慎くんが来てくれるの。
なんでっ…
私がいつも辛い時、そばに居てくれるの?
私のそばに来て優しく私を抱き締めた。
私の頭は何も考えられなくなった。
真っ白に。
後輩じゃない、男の人の声。
耳元で囁かれるとドキッとする。
おかしいおかしい。
慎くんがこんなことするなんて、優しさに過ぎない。
その場から離れようとするがもう一度引き寄せられて
慎くんとくっついたまま。
すごくドキドキする。
心臓の音が伝わってしまいそう。
とんとんと背中をさすられる。
優しい。
慎くんは。
私のことすごく考えてくれてるなって。
落ち着いて、慎くんに全て話した。
辛かったけど、聞いてくれる相手がいてよかった。
何も言葉が出ない。
慎くん…が?
え、私壱馬がいるのに…?
私の心臓は速さを増して動く。
わかってて、言ってるくれたの…?
そういう慎くんの目は少し赤くなっていた。
壱馬には忘れられてない元カノがいる。
きっとそう。
夢や寝言で出てくるくらいなら絶対諦められてないよね。
もう、駄目なんだと思い知らされたのかもだけど
どうしてもその現状を受け止められない私がいる。
悲しそうな安心したような顔。
慎くんが私を呼んだ。
可愛いお願いだなぁ。
そういうと嬉しそうに徐々に口角が上がっていくのがわかる。
ありがとう、本当に。
私はただ暗い夜道を一人で進む。
壱馬、大丈夫かな。
ちゃんと帰れたかな。
私、置いてきちゃった…
ちょっと戻ってみようか。
路地裏に灯る赤色の提灯前。
のれんを上げると
翔平さんは壱馬の隣に座って飲んでいた。
さっきよりも瓶が増えていて
翔平さんの横に座った。
何があったの?とは聞かずそっとしておいてくれる。
そうして私と壱馬と翔平さんは外に出た。
もう、本当の気持ちを知った今、何をしていいか分からない。
どこまでしたら壱馬の為になっているのか考えてしまう。
はぁ、好きなのにな。壱馬が。
壱馬の頭には私だけじゃない誰かがいる。
そう考えたら辛いなぁ…
そんな時頭に浮かんだのが慎くんの笑った顔だった。
怪しそうな目。
はぁ、明日私はどんな顔をして壱馬に会えばいい?
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!