第2話

2 転生先が悪役令嬢でした
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2024/04/05 02:00
  ネファード侯爵家に生まれた『ベアトリーチェ』こと私には、生まれつき前世の記憶がうっすらとあった。
リーチェ
リーチェ
(前世の私は
 日本という国で暮らしていたわ)
リーチェ
リーチェ
(特にお金持ちでも美人でもない
 ちょっと抜けたところのある女子高生)
リーチェ
リーチェ
(それが前の私だった)
 どのくらい抜けているかというと、大雨警報が出て休校になった学校に間違って登校したくらいだ。

 休校のメールを読んで、慌てて帰ろうとした矢先、氾濫はんらんした川に落ちて死んでしまった。

 濁流に流された時はもうおしまいだと思った。
 ぐるぐるした渦に巻き込まれて、水底に引き込まれていって、視界が真っ暗になって--。

 気づいたら、転生していた。
リーチェ
リーチェ
…おぎゃあー!
(やったー!)
 歓声をあげたつもりが赤ちゃん語になってしまった。
 両親は元気な子だと気に入ってくれたのでヨシ!
リーチェ
リーチェ
(生まれたお家は貴族みたい)
リーチェ
リーチェ
(ってことは、私は貴族令嬢よね!)
リーチェ
リーチェ
(いろんな人にチヤホヤされる勝ち組人生が待ってるんだわ!!)
 幸福な未来を夢見てすくすくと育っていた私は、突如として夢から覚める。

 五歳の春の日。
 ウキウキで貴族院から帰ってきた父が言い放った言葉によって。
リーチェの父
ベアトリーチェが第一王子ニコラス殿下の婚約者に決まったぞ!
リーチェの母
まあ、すてき!
うちの娘がアクアティアーズ王国の未来の国母になるのね
 うっとりする母の横で、私は遊んでいた人形を落とした。
リーチェ
リーチェ
(ニコラス殿下?)
リーチェ
リーチェ
(それに今、アクアティアーズ王国って言った?)
 ざざっと大波が押し寄せるように前世の記憶がよみがえってくる。
 せっせと高校に通っていた当時、私はとあるゲームにはまっていた。

 『アクアティアーズ ~聖なる乙女と暁の王子~』

 舞台は、由緒正しいアクアティアーズ王国。
 プレイヤーは、聖なる力に目覚めたヒロインとして美形キャラクターと恋愛する。

 王道な乙女ゲームだ。
リーチェ
リーチェ
(なんとこのゲーム
 攻略対象は全員王子様なのよ!)
 正統派の第一王子ニコラス。
 女ったらしの第二王子ネビル。
 クールな第三王子ナルキス。
 かわいい第四王子ノックス。
 そして、隣国の褐色王子ヌスタフがいる。

 ニコラス・アクアティアーズなんて第一王子、そう何人もいるはずがない。
リーチェ
リーチェ
(ってことは……
 ここは『アクアティアーズ』の中!?)
 私は両手を頬に当てて、声にならない悲鳴を上げた。

 こんなことがあるなんて信じられない。
 転生だって、現実的にはありえないけども!

 ゲームのヒロインは、王子と敵対する王政反対派の豪商ユニカルトの娘。
 つまり平民だ。

 王政反対派って簡単に言うと、王様や貴族は国に必要ないと主張している人たちのこと。

 ヒロインは恋した王子とロミオとジュリエットのように引き裂かれてしまう。
リーチェ
リーチェ
(彼らは王政のせいで
 平民が搾取さくしゅされると言いふらしてる)
リーチェ
リーチェ
(けれど、それは間違いだわ)
リーチェ
リーチェ
(王様や貴族が運営しないと国がめちゃくちゃになっちゃうもの)
 前世みたいにみんな等しく教育を受けられたら、王様がいなくてもやっていける国になるかもしれない。

 けれど、今のアクアティアーズ王国ではまだまだ夢物語だ。
 ヒロインは好きだったのでよく覚えている。
 わたあめみたいにふわふわした金髪の、可愛い女の子だったはず。

 鏡の前に走っていった私は、自分の姿を映してみた。
 大きなリボンを結んだ髪の毛は、桜の花びらみたいなピンク色だった。
リーチェ
リーチェ
(ああ、やっぱり!
 私はヒロインじゃないわ!!)
 目つきも気が強そうで、垂れ目なヒロインとは似ても似つかない。
 そもそも貴族の家の生まれだし、望み薄ではあったけれど。
リーチェ
リーチェ
(ちょっとだけ期待しちゃった)
 心優しいヒロインは孤児院で暮らしていた。

 ある日、豪商ユニカルトの子どもだったということがわかって引き取られる。
 そして貴族学園に通うようになるのだ。

 彼女はそこで王子たちと出会う。
 同時に、平民を見下している令嬢たちに目を付けられて陰湿なイジメを受ける。

 教科書を破かれたり、食事をひっくり返されたり。
 中には礼儀がなっていないと扇でビシバシ叩いてくる悪役令嬢もいたっけ。

 その令嬢は、第一王子の婚約者だった。
 高笑いが得意な、ピンク色の髪の侯爵令嬢で――。
リーチェ
リーチェ
わ、私だわーっ!
 今度こそ私は大声を上げてひっくり返った。
リーチェの父
鏡に自分が映るのは当たり前だよ
 父が抱き起してくれる。
 母も笑っていたけれど、私はそんなことに驚いたんじゃない。

 〝悪役令嬢ベアトリーチェ〟の、過酷な運命を思い出したのだ。

 彼女はヒロインを苦しめた罪で辺境へ追放されて、一人寂しく野垂れ死ぬ。

 このままだと、きっと私も同じ目にあってしまう!
リーチェ
リーチェ
(決めた)
リーチェ
リーチェ
(私はいい子になるわ
 追放される運命から逃れてみせる!)
 その日から私は、悪役令嬢にならないための努力を始めた。
 誰にでも親切にしたし、王子との交流も頑張った。

 婚約者のニコラスだけでなく、第二、第三、第四王子とも仲良くなる。
 目指すは恋愛対象ではなく、姉のように慕われること。

 これで、もしも追放されそうになっても助けてもらえるはずだ。

 それとは別に、王政反対派への締めつけも強めた。
 ヒロインが貴族学園にやってきたのは、彼女の父親が社交界に顔がきいたため。

 つまり、ユニカルトを社交界に入れなければヒロインは王子と出会わない。
リーチェ
リーチェ
(そして私も追放されないわ)
 そのためには、ネファード侯爵である父の協力が不可欠だ。

 乙女ゲームがスタートする前年までの五年間、アクアティアーズ王国は隣国と戦争していた。

 戦争が起こる前に、武器や兵糧を扱う事業を起こせば、巨万の富を築けるはずだ。

 私は起業に興味があると嘘をついて、父名義でそれらの会社を起こしてもらった。

 結果的に予想は大当たり。
 ネファード侯爵家はどんどん力を増して、父は私を溺愛するようになった。

 戦争が終わると、私は深刻な顔になって父に告げた。
リーチェ
リーチェ
お父様…
リーチェ
リーチェ
王子殿下たちを守るために
力を貸してくださいませんか……
 戦時中に現れた王政反対派の存在がいかに危ないか訴える。
 すると、父は貴族院で取り上げてくれた。

 これにより、反対派が王政を滅ぼして、民により重い税を課そうとしていると判明。
 厳しく取り締まられることになった。
 おかげでユニカルトは社交界には食い込めなかった。

 さあ、これで一安心。
 十五歳になった私は、満を持して貴族学園に入学だ。

 これから幸せな人生を送るぞと、はりきっていたのだが――。
リーチェ
リーチェ
(なぜか貴族学園に編入してきたのよね)
リーチェ
リーチェ
(キャンディ・ユニカルトが)
 王都の外れにある娼館の廊下を、私はくたびれた顔で歩いていた。

 昨晩、無理やりここに連れてこられて物置部屋に閉じ込められた。
 助けを求めて泣き叫ぶうちに力尽きて眠ってしまい、鍵の開く音で目が覚めたのだ。
リーチェ
リーチェ
(体が痛い
 それに喉もカスカスだわ)
 部屋から連れ出された私は無理やり入浴させられた。
 そして、娼館を取り仕切るマダムの前に連れていかれた。
娼館のマダム
あんたが王太子に婚約破棄された令嬢かい
 マダムは、眼鏡越しにさんざん値踏みした後、私の一晩の値段を決めた。
 高位貴族の娘が買えるのは珍しいからと高い値段が付けられたみたい。

 私は、娼館の最上階にあるスイートルームを使うことになった。
 これから私はその部屋に行って客を待つのだ。

 窓から見える黄昏色の空には、薄紫の雲がたなびいている。
 この美しい光景を闇が覆いつくした頃、私はどんな悲惨な状態になっていることか。
 想像すると足取りが重くなる。

 階段の前で躊躇ちゅうちょしていたら、案内役に早く上がれとせっつかれた。
リーチェ
リーチェ
(うう……人の心がない連中だわ)
リーチェ
リーチェ
(こんなことしたら地獄に落ちるわよ)
 心の中で毒付きながら階段に足をかける。
 すると、上階から声がかかった。
謎の青年
謎の青年
君は……

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