周りの視線が突き刺さる。今日、金曜の放課後は学校のテニス部の練習試合の日。
練習試合と言っても、観客の保護者もいるし、試合の相手は他校の人。私は運悪く私より上手い他校の友達に当たってしまった。まぁ、授業参観のような物だ。
勿論、私のお母さんお父さんも来ている。
…期待に答えなければ。じゃないとまたコーチが…
友達がサーブを打った。
ーーどうしよう。今居る位置じゃ移動しても届かない。
友達に一点取られてしまった。
大丈夫。この試合は3セットマッチ、一点取られただけだからまだ挽回でき…
※1ゲームは、相手より先に4ポイント取れば勝ちです。ただし、3ポイントで並んだ場合は、先に2ポイント連取した方が勝ち。
1セットは、相手より先に6ゲームを取れば勝ちです。ただし、5ゲームずつで並んだ場合は、先に2ゲーム連取した方が勝ち。6ゲームずつで並んだ場合は、タイブレークというルールでの勝負になります。
3セットマッチの場合、先に2セットを取れば勝ちです。
Tennis.jpより引用
…負けてしまった。
負けて落ち込む私を励まそうと友達が声をかけてくれた。
でも、違うの。私が落ち込んでいるのは負けたからじゃない。それは…
保護者がぞろぞろと体育館を出ていき、遂に選手しか居なくなった。
するとコーチは人柄が変わりはじめる。
そして私はコーチに体育館倉庫に連れて行かれた。途中で
と舌打ちをしていたからやっぱり「説教」だろうな…
そして倉庫に着くと、ガチャ、と扉を閉められ、コーチがこっちに向かってきた。
その瞬間に腕を掴まれて、足でお腹を蹴られた。
あまりに突然だったから私は呼吸が出来なくなり、むせた。
お腹の胃の部分を蹴られたから、吐きそうになる。
するとコーチは間髪入れずに髪を掴み、腕をバチン、と叩いた。
まだ上手く呼吸が出来ずにいた私に苛立ったのか、またコーチはお腹を蹴った。
急に髪を離された私は、そのまま後ろに向かって投げ倒された様に倒れ、壁に頭をぶつけた。頭がガーン、とズンズン広がるように痛む。
コーチはため息をつきながら体育館倉庫から出ていった。
こんな事されてもただ泣くことしかできない自分に嫌気が差し、更に涙が溢れてくる。
校門に着くとお母さんとお父さんが少ししょんぼりして私を待っていた。
…全部、全部私のせいだ。
私がもっと…もっと練習していたらこんな事にはならなかったはずなのに。
お父さんお母さんにはコーチにされる事を言っていない。心配かけたくないし…
私には大学生のお姉ちゃんがいて、勉強がとても得意。だって大学の推薦で海外へ留学できるくらいなんだもん。すごいなぁ…
私の家はずっと昔から私とお姉ちゃんは同じ部屋の二段ベッドで寝ていて、毎日上取り合戦をしていた。結果、いつもその部屋で勉強しているお姉ちゃんが上で私が下の事が日常になってたからだ。
二ヶ月間上が使い放題…嬉しい!
夜、家にて
どれくらい高いか下を覗いてみた。
わ〜…すごい高い。
うちは二段ベッドが特注で高さがなんと2.5センチメートルもある。
その分、部屋も特注だけど。
今日も、コーチに「説教」されたし、疲れた。
誰も返事してくれないって案外寂しいかも。
あまり気にせずに眠りについた。
次の日の朝
お母さんがパタリ、と冷凍庫のドアを閉じる。
おかしいな、お母さんしっかりしてる方だと思うんだけどな〜
そんな「異変」はずっと続いていた。不思議で不可解。私にはどうする事も出来ずに日々を過ごしていた。
ある日の深夜、私は突然目覚めた。
明らかにベッドではない。時々何処かから吹いてくるそよ風がひんやり気持ちいい。そんなそよ風が勢いを増し、ひんやりからヒヤッ、と冷たくなり、同時に嫌な予感が心臓をつきあげる。
床の硬い質感に見覚えがあり、目が慣れるのを待っていた。
手にはグリップを握っているような感触。なんだろ、これ。
…昔お姉ちゃんと一緒に使ってたラケットだ。これ。
そうだよ。練習しなきゃ。
練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ練習しなきゃ
お姉ちゃんは私のせいでテニスができなくなったんだから…
昔、私が入りたてのとき、お姉ちゃんは今のコーチが担当しているテニス部に所属していた。
お姉ちゃんはシングルで県大会出場、決勝出場まで行っていて、私を含めテニス部の憧れの的だった。
勿論コーチもお姉ちゃんの事を気に入っていて、一番お姉ちゃんに期待していた。
でも、そんなお姉ちゃんの努力を、私が壊した。
その日は、お姉ちゃんが決勝戦に出場する前のウォーミングアップ、練習試合の日の金曜だった。
私はお姉ちゃんの隣のコートで練習していて、私がサーブを打とうとしていた時、
勢いを付けた球は隣のコート、つまりお姉ちゃんのコートのポールに当たり、お姉ちゃんの方にネットが倒れて、お姉ちゃんは足を怪我した。
その怪我のせいで、いや、私のせいでお姉ちゃんはテニスができなくなった。
それによって、自業自得。
出来損ないの私より出来るお姉ちゃんに期待していたコーチは私にアタリが強くなった。
…お姉ちゃんは凄い。
だってめげずに勉強に打ち込んで、大学に合格して、推薦で留学できるくらいなんだもん。
ボールを取って壁打ちする。
もう一回。もう一回。もう一回。もう一回。もう一回。もう一回。もう一回。もう一回。もう一回。もう一回。もう一回。もう一回。もう一回。
356回目。
バキッと音がしてラケットに目を落とすと、見事に折れていた。
…私みたい。このラケット。
どうしょうもない気持ちは抑えきれずに空気に漏れ出し、逃げ出したい。
ふと口をつついて出た言葉。
なんで私テニスなんかやってるの?
胸がぽっかり空いて、苦しくなって…
急に苦しくなってうずくまる。
早く、早く過ぎて。
ーーこんな時間。
急に地面に落とされた感覚がした。
足がヒリヒリ、ズキズキ痛い。
元々コーチに付けられた傷がまだ治ってないのに上から落ちたせいで骨折したみたい。
騒音でお母さんとお父さんが駆けつけてくれた。
その後はハイスピードで物事が進んでいった。
まず、誰かから虐待を受けていないかと言う事。緊急搬送されたときどこもかしこも痣、傷だらけだったかららしい。私は、警察に今までコーチにされた事を簡潔に話した。
そして、2つ目は私が奇病を患っている事。どうやら私は「夢見霊病」を患っている、とお医者さんに話した。
さらに、私は足を骨折してしまい、リハビリをしないと今までの様にテニスができなくなってしまうと言われた。お医者さんは、治るのは早いが激しい運動はできなくなるかもしれないと気の毒そうに言われた。私が入院する病院でリハビリもやってくれるらしい。
そして、私が黒百合病院に入院する頃、コーチは暴行罪で逮捕された。
黒百合病院に入院し、リハビリをしていた時、愛華という女の子が話しかけられた。
私と愛華はどんどん仲良くなり、今も大切な友達の1人だ。
私には、今2つの目標がある。それは、
・お姉ちゃんが行けなかった県大会決勝進出
・愛華と、黒百合を退院する
私は絶対にこの2つの目標を叶えて見せる。
そう、愛華と約束したから。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。