サクッ…サクッ…サクッ…サクッ…
雪を踏む自分の足の音だけが聞こえる。
どこまで来たのかは分からない…けど、結構な距離逃げてきたことだけは分かる。
こんな真冬に走ったこともほとんど無いから、足が冷たくて痛い。
不意に風上に居たはずなのに、風向きが変わったのが分かった。
上から狼の匂いがする…!
捕まる前に…逃げないと…!
必死で逃げるけど、足が血が出るほど冷たくてヒリヒリする。
横から突然衝撃を受けて、それが今自分に乗っかっている、ハイエナの攻撃だった事を知らされる。
人間に戻った顔はとてもかっこよくて、でもやっぱり獲物を狙う眼をしている。
がおーっと威嚇してるけど、人間の姿だからかあまり怖くはなかった。
仕方なく動かないで居ると、そのハイエナは「それで良し!」ってニッと笑いながら言った。
…なんでだか分からないけど…このハイエナは、信用しても、いい気がした。
どうせ、足の遅い私なんて逃げても無駄だし…
しかも、これ以上はもう限界…
仲間のハイエナはどこへ行ったのやら、なかなか来る気配は無い。
そのハイエナが近くにいてくれるからか、さっきよりもぐんと体が暖かくなった気がする。
しばらくしていると、仲間のハイエナ達がゾロゾロとやって来た。
食べられる、のかな…?
…こわい。まだ、生きていたい…
体が先に動いて、気がついた時にはハイエナが居ない方向へ走り出していた。
そのハイエナがすぐ後ろに迫ってくる、と思った刹那、目の前の石につんのめってしまった。
思わず身構える…けど、痛みは襲ってこない。
代わりに、耳許で獣の息が聞こえる。
さっきよりうんと低い声で囁かれて、急にドキッとしてしまう。
逃げ出したくて必死にもがくと、すっと抱き寄せられた。
そのまま軽々しく持ち上げられて、お姫様抱っこみたいな状態になっている。
私の抵抗なんて気にも止めず、目の前のハイエナはずんずんと他のハイエナ達の所に近づいて行く。
え、この人隊長だったんだ…
目の前のこの隊長を見てると、不意に目が合った。
ニッと笑いかけられて、変な感覚に襲われる。
…だめだ。また心臓がぎゅーって掴まれる感覚がする。
なんか、苦しくて…痛い。
今から喰われると言うのに、こんなのに素直に従う私も重症だと思う…けど、体が勝手に動いちゃう。
…疲れがどっと押し寄せてきて…変な感覚がして、それでも起きようとしていたのに…私は意識を手放してしまった…
隣にはあのイケメンハイエナが私の顔をじっと眺めていた。
いつのまにか見たことのない部屋にいて、豪華そうなソファとベットをぼーっとしながら眺めていた。
それから、このハイエナの顔。本当にイケメンだなぁ…
笑っててもハンサムだし…って、えっ!?
にひひっ、と笑ってスマホの画面を見せてくるハイエナ。
…そこには、私の寝顔が何十枚も閉じ込められていた。
急に私を抱きしめてくるハイエナ。
恥ずかしくて目を逸らすと、笑われた…けど嫌な気はしない。
窓から見える外の世界はもう暗闇で、自分が今日の獲物になっていないことを自覚した。
ベットのふちに座ったハイエナが、不意にそう言ってきた。
何の事だろう…?
心でも読めるのかな、?
真顔で言った彼は、とってもかっこよく見えた。
なぜか…また心臓が掴まれて息苦しくなる感覚に襲われた。
気のせい、だと信じたい…けど、私は多分…
『恋』している。
それも、捕食者に。
これが私の、『恋』のはじまりだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!