第10話

9話:お母さん
313
2020/05/30 03:32
中学に入ってすぐの頃
お母さんが仕事場で倒れたと、お父さんに
連絡があり、私も香奈絵も学校を早退して病院へ
向かった。
病室でベッドに腰掛けてるお母さんはニコニコと
いつものように笑っていた。
それにホッとしつつも、看護師でいつも体調管理には気を配ってるお母さんが倒れるなんて。
すごくびっくりしたのを覚えてる。
お父さんが主治医の先生に呼ばれて、
話を聞きに行った。


何を思ったのか、私はとても不安になって、
こっそり後をつけていった。


中に入っていったお父さんと先生。
私は扉に顔を当て、聞き耳を立てた。
かすかに聞こえた言葉は、忘れられるわけが無い。
〖奥さんは、肺にがんがあります。かなり前から腰痛もあると言っていたので、腰痛も骨への転移によるものでしょう。段階としてはステージ4。つまり末期の·····〗
患者や家族に何度もそんな説明をしてきたと分かる
静かな口調。
·····がんって、三大病のひとつだよね
お母さん、腰が痛かったの·····?
末期って、何?もう治らないの?



まだ中学生の子どもながらにグルグルと頭を
回転させて、整理していた。
〖奥さんの余命は、長くはないかと·····〗

その言葉が聞こえた瞬間、めまいがした。
耳の奥で、床がきしんだような音がした。


『お母さんは、いなくなるの·····?』
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お父さんは、私が盗み聞きしていたのを知らない。
香奈絵も病室でお母さんと話していたから、
知らない。
お母さん
やー、まいった。ヘルニアってこんなに痛いんだなー
お父さんはあの話の後、お母さんに
『ヘルニアじゃないかって』と伝えたそう。
お父さんも、信じられないんだろう。

お母さんが咳をした。

〖咳が出るのも、がんが器官を刺激している
からです〗

お母さんが咳をするたびに、思い出す。
お母さん
怜斗くん、今日はもう怜央と帰っていいよ。私、風邪ひいてるみたいだし、怜央や怜斗くんにうつったら大変。
お父さん
·····いいよ、もう少しいる。怜央は明日も学校だし、おばあちゃんもいるから
帰りな?
お父さんに頭を撫でられながら、私はしぶしぶ
家に帰った。
帰って自分の部屋に入った時、膝から崩れ落ちた。
いつ気づいてれば、お母さんは助かった?

腰が痛いと何度もぼやいた時?
病院に行っても咳が良くならなかった時?
体がだるいと言った時?
·····違う、もっと前だよ。もっと前にも気がつけば
間に合ったはずのサインが何かあったはずだよ。
なんで私はそれに気づかなかったの。
ずっと一緒にいたのに。
娘なのに。
お母さんは、いつも私や香奈絵のことを1番に
想ってくれたのに。
1人で頭を抱えて震えてると、リビングの固定電話が
鳴った。
おばあちゃんの声がする。
前に病院でしたように、自分の部屋のドアに
耳を寄せる。
お父さんの焦ってる声が小さく聞こえる。
お母さんに何かあったの?
どうしてそんなに硬い声なの?
どうして「大丈夫」と繰り返すの?
お母さん、気づいてたのかな。
お父さんの嘘も。分かってて、私やお父さんに帰ってと言ったの?
そこまで考えて、私は声を押し殺して泣いた。


ごめんなさい。
ずっと一緒にいたのに。
何ひとつお母さんの変化に気づきもしない。
最低な娘だ。


家庭科が苦手な私は、たくさん料理を教えてもらった。簡単なものだけど。

あまり喋らない私に無理強いしないで、
私が話し出すのをいつまでも待っていてくれた。

お母さんは私のことを分かってくれたのに。
私は「お母さん」だから大丈夫だと、
変に認識していた。
それが間違いだと気づいても、もう遅い。
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怜央
怜央
·····はっ、はっ、はぁっ
目が覚めて、置き時計を見ると、まだ夜中の1時。
背筋に寒気がして、腕を背中に回すと、
汗をかいていた。
怜央
怜央
·····お母さん
つぶやいた声は、暗闇の部屋に消える。
勉強机のイスにもらったばかりの男バレのジャージがかけてある。
それを見て、目元をなごめた。
ーー入ってよかったの?ーー
頭のすみで冷ややかな声が響き、体温が下がって
いく。
そうだ。
お母さんが病気におかされてるのも
気づかなかったくせに
私は楽しそうに過ごしていいの?
一生懸命に頑張ってる人の邪魔したいの?
バレーに興味を持ったのも、ほんの一瞬でしょう?
怜央
怜央
っ·····
心臓が痛くなる。
·····やっぱり、今からでもマネを辞めようかな·····
私に、楽しく過ごす権利なんてないよね。
青葉城西高校との試合を見た後で。
清水先輩や、バレー部のみんなには悪いけど·····

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