第2話

過去
72
2022/05/17 11:25















昔々男と妻は心から愛し合っていました。
冬に妻がねずの木の下で林檎をむいていると指を切り、雪に血が落ちます。

「血のように赤く、雪のように白い子どもがいたらいいのに」

木に葉がつき花が咲き、妻はその木の実をガツガツ食べましたがその後病気になりました。
「私が死んだらねずの木の下に埋めてください」
やがて雪のように白く血のように赤い男の子(アイリス)を産むと妻は亡くなります。

妻を埋めると夫は泣きましたが、新しい妻をもらい娘(マルリンヒェン)が生まれました。
母親は自分の娘がかわいく、アイリスが邪魔でした。

ある日悪魔が乗り移ったようで、母親はアイリスに
「林檎をあげる。」と言い、林檎箱のとても重い蓋を開けます。
自分で取る様に言われたアイリスは身をかがめ、母親はその隙を見て林檎箱の蓋を思いっきり閉めます。
アイリスの首は赤いリンゴの間にぽんと落ちました。

すると母親はとても恐ろしくなり、
母親は戸口の前の椅子にアイリスを座らせ、首を体に乗せ林檎を持たせ、
台所でお湯を鍋に入れかき回します。

___アイリスは生きていました。
首が落ちる前に神様がアイリスの身体の“半分に”乗り移り、
林檎箱から抜け出し、家族に幻覚を見せているのです。

神様はアイリスに言いました。
「貴方の願いを二つ叶えてあげる」
神様は本来、誰かに乗り移る時は身体の半分までと決まっており、
身体の半分を借りたお詫びに、身体の持ち主の願いを“一つ”叶えると決まっているのです。
ですがこの神様は、アイリスを気に入っていました。
死の運命を助け、叶える願いを二つにし、
更には願いを聞いている間、家族に幻覚を見せているのです。

そんな神様に、アイリスは答えました。
「じゃあ、鳥と仲良くさせて」
「鳥と?」
「うん、お喋りしたり、お願いを聞いてもらったりしたいんだ」
「ああ、いいよ」
神様はアイリスの願いを叶えました。

「もう一つは?」
神様は聞きました。
「もう一つ?」
アイリスは思い付きませんでした。
しかし、少し考えていると
自分の首が林檎箱の蓋に当たった瞬間の感覚が頭をよぎります。

「…首」
「おかあさんの首が欲しい」
「アイリス、それは君が自分で出来るよ」
「そうなの?」

「じゃあ、____」
「…いいよ」

マルリンヒェンが台所の母親のところに行きました。
母親はお湯を入れた鍋をずっとかきまわしていました。
「お母さん」とマルリンヒェンは言いました。
「アイリスが戸口のところに座っていて、真っ青な顔で手に林檎を持ってるの。林檎を頂戴と頼んでも返事をしなかったわ。」
母親は「アイリスのところにお戻り。」
「それでまだ返事をしないなら、横っ面を殴ってやりなさい。」
と言いました。

それでマルリンヒェンは戸口に行きましたが、
そこにアイリスは居ませんでした。
「…アイリス?」
「僕はここだよ、お姉ちゃん」
アイリスは戸口ではなく、ねずの木の上にいました。

「まあアイリス、そこは危ないわよ」
注意されてもアイリスは降りてきません。
そうすると、アイリスは「お願いがあるんだ」と言いました。

アイリスはマルリンヒェンに、
家族の前で“アイリスを殺してしまった娘”の演技をする様にお願いしました。
半分を神様に乗り移られたアイリスの言葉は重く、
やらなければいけないと言う気持ちに包まれ、
マルリンヒェンはそれを了承しました。

___「良い?お姉ちゃん。」
「おかあさんはきっと、僕の身体を具にしてスープにしちゃうから、」
「幻覚の僕の身体の肉は、鳥の肉にしてあるんだ。」
「僕の身体じゃないけど、それでも絶対に食べてはいけないよ」
「あ、骨はねずの木に返してね」

マルリンヒェンは泣きながら戻ります。
その演技力は人一倍でした。
「ああん、お母さん、わたし、アイリスの頭をたたき落しちゃた」
その話を聞いた母親は「マルリンヒェン」
「なんてことをしたの。だけど、泣くのはおやめ。誰にも知らせないんだよ。もうしかたがないよ。」と言い、
(幻覚の)アイリスを刻み煮込んでスープにします。

マルリンヒェンの涙が全部鍋に入り、塩は必要ありませんでした。
帰宅した夫に母親はスープを勧めます。
「こいつはうまいな。これは全部俺のものな気がする。お前たちは食べてはいけないよ」
夫が食べている間もマルリンヒェンは泣いていました。
骨はテーブルの下へ捨て、夫は全部食べてしまいました。

大泣きの(演技をした)マルリンヒェンは骨を絹の布にくるみ、
ねずの木の下に置きました。
ねずの木が骨を受け入れるよう動くと木の中から美しい鳥が飛び出します。
その鳥はアイリスが“お願い”をした鳥でした。
そして金細工師に向かうと歌い出します。

「ぼくのかあさん、僕を殺した、僕の父さん、僕を食べた、僕のお姉ちゃん、マルリンヒェン、僕の骨を全部集め、絹のハンカチに包み、ねずの木の下に置いた、キーウィット、キーウィット、僕はなんてきれいな鳥だ」

金細工師から金の鎖をもらいまた歌い、
靴屋へ行き歌い、赤い靴をもらいまた歌い、
粉屋へ行き歌い、石臼をもらいまた歌いました。

鳥は家へ戻って来て、
ねずの木にとまり、また歌い出します。

それを見に来た夫の首には金の鎖を。
アイリスが気になり演技をしながら来たマルリンヒェンには赤い靴を。

二人が喜んで、気が軽そうになっているのを見て、
母親もねずの木のそばへ出て行きます。

そんな母親には石臼を___足に
上から落とされた石臼は、なんの容赦もなく母親の足を潰します。
ああああ、と悲鳴を上げていると、
ねずの木からアイリスが降りて来て、こう言いました。

「おかあさん」
「僕を殺そうとしてくれて、ありがとう」

別れの言葉はただそれだけ。
アイリスは手に持っていた鋭い木の枝で、
無理矢理母親の首を切り落としました。
ですが、流石に木の枝では骨は切れませんでした。

腰を抜かした夫にアイリスは言います。
「おとおさん」
「“母さん”に会いたい?」
母さんとは、妻の方であり、母親の方ではない事を夫は察しました。
そして言葉も出ず、力ないままこくりと頷きます。

すると夫の方に二匹の鳥が行って、
鎖の端と端を持って夫の首に巻き付け、上に吊り上げました。

「ああそうじゃないよ、上じゃなくて、横に引っ張るんだよ」

アイリスがそう言うと、鳥は上ではなく横に鎖を引っ張りました。
鎖で締め付けられ、首の肉は切れて行き、
夫は死にましたが、鎖が首の骨で止まってしまいます。
するとアイリスは聞きました。
「お姉ちゃん、何か刃物はある?」
「…だ、台所に包丁があると思うわ」
「取って来て。」

マルリンヒェンは包丁を取って来て、アイリスに渡しました。
不思議と、恐怖感はありませんでした。

「ありがとう。」

そう言いアイリスは、死んだ夫と母親の首の骨を包丁で切りました。

「……アイリス…」
「な___」

「…お姉ちゃん?」

酷い事をした罰とは言え、
両親を失ったマルリンヒェンは悲しみに暮れ、
自分の部屋で首を吊って死んでしまいました。

「…………」
「ダメだよお姉ちゃん」

「首は、ちゃんと切って死なないと」

アイリスは吊った縄を切り落とし、
既に死んでいるマルリンヒェンの首を切りました。

「これで、ちゃんと死ねたね。お姉ちゃん」



「…首」
「おかあさんの首が欲しい」
「アイリス、それは君が自分で出来るよ」
「そうなの?」

「じゃあ、」

「ねずの木を僕のものにして」
「…いいよ」

___君は
ねずの木と鳥を操れるのも同然なんだよ
それで君は、両親と姉を殺した。

いいよ。君についていくと決めたし、
実際君を気に入っているんだ。
ほら、次は何処に行くのか教えてよ

アイリス。


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