第16話

No.14 夢の国
103
2022/01/04 13:08
土曜日。珍しく僕らは早起きして、ノーズとチアキと共に人気のテーマパークを訪れていた。
 傷もすっかり治り、蛇の皮も綺麗に剥がれ、退屈を持て余していた僕らに提案したのはノーズだった。どこか遊びに行かないか、と。
 体調も問題なく、気候も暖かくなってきて、吹く風に誘われるように外に出たくなる。でも、先の一件から夜に出歩くのをなんとなく控えていたんだけど、そんな僕らには、ここはうってつけの場所だった。
 幼い頃に連れてきてもらったことのある、通称夢の国。ノーズは行ったことがないというもんだから、一も二もなくここをリクエストした。二つ返事で了承した長身の隣人は、開園したばかりの入り口で駆け出していく周辺の客を呆然と見送っている。
 その姿に僕らはクスクスと笑いながら、大きな手を握って引っ張った。
蛇山 チアキ
蛇山 チアキ
ほら僕らも行くよ! こっち
三又義 ノズチカ
三又義 ノズチカ
あ、ああ
気圧されていた大きな図体が、我を取り戻したように後をついてくる。
 パンフレットを見ながら、幼い記憶を頼りに目的の場所へと辿り着く。既に長い列が出来ていて、最後尾に並んだ。
三又義 ノズチカ
三又義 ノズチカ
すごい人だな
歌奈蛇 ハヤ
歌奈蛇 ハヤ
そだね。でも通学の電車のがもっと酷いんじゃない?
三又義 ノズチカ
三又義 ノズチカ
まぁ、そうだな
パーク全体が景観にこだわって作られているから、ぐるりと見渡しても普段目にしているものは何も無い。中心にそびえるお城の尖塔、遠くには火山を模した岩場の加工付近から、本物さながらスモークが溢れている。僕らがいるエリアも、カラフルでポップな色の石畳や街灯、モニュメントに彩られていて、賑やかで楽しそうな音楽が流れ、すれ違う人も皆笑顔だ。
 周辺を面白そうに観察していたノーズが、真面目な顔で僕らに言う。
三又義 ノズチカ
三又義 ノズチカ
電柱がない
蛇山 チアキ
蛇山 チアキ
あっははははは
歌奈蛇 ハヤ
歌奈蛇 ハヤ
ふふっ
至極真剣な顔で語るもんだから、思わず吹き出してしまった。
蛇山 チアキ
蛇山 チアキ
そんなこと気にしたことなかったっしょ!
パークの賑やかな雰囲気と、アトラクションの楽しさは非日常的で、日頃の憂いなど全て吹き飛んだかのように束の間の夢を見せてくれる空間。隣で、同じく目を輝かせて夢中になっている人をこっそりと盗み見、微笑んだ。
 昔、ちいさな頃に連れてきてもらった時も、とても楽しかったということが心に刻まれている。今日この日の記憶も、楽しい思い出になるといいな、と思うと、僕は自然と笑みがこぼれた。
蛇山 チアキ
蛇山 チアキ
あ、あれ空いてる。乗ろ!
指さしたのはティーカップだ。待ち時間無く案内されたそれは、白とピンク、赤と黒の可愛いトランプ柄。三人で乗り込んだ。
三又義 ノズチカ
三又義 ノズチカ
なんだこれは?
蛇山 チアキ
蛇山 チアキ
回すんだよ
真ん中にあるハンドルを握り回すとそれに呼応したように、腰掛けたカップがクルクルとまわる。その様子にキョロキョロと辺りを見回しているノーズの姿が面白くて、悪戯心がムクムクと起き上がった。
歌奈蛇 ハヤ
歌奈蛇 ハヤ
行くよノーズ!
三又義 ノズチカ
三又義 ノズチカ
あ?
思いっきりハンドルを回すと、他のどのカップよりも勢いよく回転し、それを見たスタッフのお姉さんが
「とっても勢いよく回ってますね!」
なんて合いの手を入れてくれるもんだから、ますます楽しくなって高速回転を続けた。
 軽やかな音楽がやみ、カップを降りた時には僕らはフラフラで、辛うじて歩けたノーズに、近くのベンチに抱えるようにして護送されお互いぐったりともたれ掛かった。
三又義 ノズチカ
三又義 ノズチカ
お前、あれは……うっ、回し過ぎだろ……
蛇山 チアキ
蛇山 チアキ
ぎぼぢわるい……おええ……
歌奈蛇 ハヤ
歌奈蛇 ハヤ
大丈夫?チアキ、ノーズ?
         目、回ってない人↑
目を閉じると酔いが酷い気がして、目を開く。僕はハヤとノーズの分厚い肩を背もたれにして、空を眺めた。よく晴れた綺麗な青空が広がっている。まだ少し冷たい風が、酔った頭を冷やしてくれるのが気持ちいい。
 ノーズがもう落ち着いたのか、背もたれに預けていた身体を起こす。
三又義 ノズチカ
三又義 ノズチカ
何か飲み物を買ってくる
何が良い? と聞かれ、僕らはコーラ、と答えた。
 程よい弾力の背もたれがなくなり、僕らはそのままベンチに寝そべった。
 ここは、チアキ、ミハル、サトシ、ケンジと、いつか皆で遊びに来ようと話したことがある場所の一つ。
皆、今もまだ宇宙船に囚われたままなのかな。それとも、もう既に……。僕は、何で生きてるんだろう。
 ふと思い出し、高揚していた気分が地の底に落ちたのを感じた僕は、呆然と空を見上げた。
 すっかり春の気配のする日差しはぽかぽかと暖かく、空に浮かぶ雲が風に乗ってゆったりと移動している。どんなに辛くて酷いことがあっても、空は変わらずに青くて、僕らが何もできないで佇んでいる間も、時間は淡々と過ぎる。心が、切り離されて行くのを感じる。
 今後、何があっても皆のことを思い出しながら過ごすのだろうか。その度に、僕らはこうして囚われて、立ち止まるのか。そもそも、何処へ行けば良いのかも分からない。そんな不安定なままで、この先ずっと生きていくのだろうか。
 取り留めもない思考を追っかけていたら、顔に影が落ちてきてハッとして目を見開く。
 頬を真っ白に塗った顔のピエロが、赤い鼻を揺らして僕らを覗き込んでいた。
 そのピエロはにっこりと笑うと、驚いてガバッと身を起こした僕らとぶつからないように身を引く。
「お兄さん達、疲れてる? そんな時はこれ、優しいピンク色と優しい緑色。君らの髪と同じ色!」
 手にしていたたくさんの風船の中から、淡いピンク色と暗い緑色のものを選んで僕らに突き出してきた。反射的にそれを受け取る。
 白塗りの、表情は無理矢理口角を上げた模様の顔で、本当の表情はよくわからないが、明るい口調で何やら鼻歌を歌いながら肩からナナメにかけたカバンをごそごそしている。
 パークのあちこちにいるピエロは、掃除をしていたり迷子を保護していたりするみたいだけど、まさか迷子と間違われたのかなと思うと僕らは眉を寄せた。
 そんな僕らにはお構いなしに、カバンから取り出したカードに、サインペンでなにやらサラサラと走り書きすると、
「はい! パークを楽しんで!」
ピエロはその真っ白い頬を微笑ませて、カードを半ば押し付けるようにして、手を振り行ってしまった。
 ポカンとその後ろ姿を見送っていた僕らは、ふと気づいてカードを見る。
 ポストカードになっているそれは、パークを背景にそのピエロが写っていた。たくさんの風船を手に、おどけたポーズをキメていて、笑いを誘う。
三又義 ノズチカ
三又義 ノズチカ
何だ、それ?
ようやくドリンクカップを三つ手に持って帰ってきたノーズが、風船とポストカードと僕らを見比べて不思議な顔をしている。ピエロには気づいてないみたいだ。
蛇山 チアキ
蛇山 チアキ
さっきピエロにもらった
歌奈蛇 ハヤ
歌奈蛇 ハヤ
遅かったね、混んでた?
三又義 ノズチカ
三又義 ノズチカ
ああ、行列がすごくてな
ありがと、と言いながら差し出されたカップを一つ受け取りストローを咥えた。
 しゅわしゅわと弾ける炭酸が口の中を刺激して、冷たい飲み口に頭がスッキリする。
 隣に座ったノーズが、僕らの手のポストカードを覗き込んだ。
三又義 ノズチカ
三又義 ノズチカ
I wish your happiness……
先程ピエロが走り書きしていた文字だ。
 呟いたノーズに、問う。
蛇山 チアキ
蛇山 チアキ
……どう言う意味?
三又義 ノズチカ
三又義 ノズチカ
……あなたの幸せを願う
幸せ、か。
 見ず知らずのピエロの言葉が、のしかかってくるような気がした。
歌奈蛇 ハヤ
歌奈蛇 ハヤ
……へぇ
そんなものを、僕が求めても良いのだろうか。
 それ以前に、幸せって一体何なんだろうなぁと、僕は他人事のようにカードを見つめた。
 
 その後僕らは閉園ギリギリまで遊び尽くし、最終便のバスに乗った。
 二人はお互いクタクタになって爆睡し、それを僕は眺めていて、終点で運転手さんに起こされるという始末だった。持ち帰った風船が自然に小さくなるまでの数日間、三人して余韻に浸っていたのだった。

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