第9話

7.
24,294
2022/09/25 01:30



深澤辰哉×夢野秋













「ジャン負け奢りな」

深澤「急だな」

「自販機の前通ったし」

深澤「どんな理由だよ」



朝、事務所の廊下で


ばったりと会った同期の深澤


水筒を忘れた上に節約中の俺は


ジャンケンで買って奢ってもらおうとしているところだ



深澤「いい?」

「待って待って」



手を顔の前で組んで


その中を覗いてみる



深澤「はい、やるよ」

「おっけ、絶対勝つ」



前へ突き出した右手を


思いっきり振り出せば


その手は見事に負けた



「あ、」



固まる俺に深澤はゲラゲラと笑う


奢ってもらおう作戦は大失敗だ



「何飲むの?」



なんて言いながらも


深澤がいつも飲んでいるやつなんて


もう知っている


渋々入れようとした千円札を


深澤が止めた



「なに」

深澤「お前の作戦当ててやろうか?」

「え?」

深澤「水筒忘れて節約中だから俺に奢らせようとしたんだろ」



あまりの的中っぷりに


空いた口が塞がらないとは、このことかと思った



「なんで?なんでわかんの?!」

深澤「何年一緒にいると思ってんだよ」



同期だぞ、なんて言葉を付け足されて


お見通しかのように笑う


それが今の俺には怖かった


同期なだけでそんなにわかるものだろうか


好きなものや嫌いなものは別として


考えてることがそっくりそのまま、なんて


そんな深澤に


一気に不安になった


俺が女ってことも知ってんじゃないかって



「同期ってすげえな」

深澤「舐めんなよ」

「俺、だって一緒にいる時間変わんないのに、深澤の事なんにもわかんねぇし」

深澤「秋がわかんなくても俺がわかってるからいいんだよ」



その、わかってるは


どこまでだろうか


聞いてしまおうか、なんて思う自分と


隠し通してきたんだから、なんて思う自分と


そんなふたつの戦いの中で


つい口を滑らせた



「わかってるって?どこまで?俺のことも知ってんの?」

深澤「知ってるよ」

「え、?」

深澤「秋が実は俺のこと大好きってことぐらい」



馬鹿みたいなことを言って笑う深澤に


安心した


いつも通りだと


深澤からペットボトルを受け取り


楽屋へ歩いて行こうとする俺の背中に



深澤「で、俺のことってなに?」



なんて言葉が刺さる


深澤がスルーしてくれるわけなかった



「あー、あれだよ、俺の好きな食べ物ー、とか?」

深澤「あのさぁ」

「はい、」

深澤「バカにしてんの?」



深澤の顔は真剣だった


もう誤魔化すにも無理そうだ



深澤「秋のこと、それなりに知ってる自信があるからこそ、知らないことがあるのは嫌なんだけど」



そんな言葉への


返し方もわからないまま


視線を逸らした



深澤「言えないことなの?」

「うん」

深澤「いつ言ってくれんの?」

「わかんない」



この事実を伝えるのが


俺の口からなのかも怪しいのに


嘘をつき続けてるくせして


そこは誤魔化したくなかった


言い切った俺に


わかりやすくため息を吐く



深澤「別に隠し事ぐらいひとつやふたついいけど、それを知ったときにもうどうにもできないとか、隣にいないとか、それだけはやめてね」

「え、」

深澤「約束しろ」



廊下のど真ん中


誰もいないこの道の真ん中で


深澤が俺に向かって手を出す


戸惑ったまま立ち尽くす俺のところまで歩いてきて


それから、無理やり小指を絡ませた



深澤「はい、ゆびきった」



そんな深澤に無意識のうちに涙が止まらなかった


あまりの優しさにか


この居場所の儚さにか


どうであろうとも、もう止まりそうになかった



深澤「え、は!?なんで泣いてんだよ」

「だって、」

深澤「はぁ?お前やっぱ意味わかんねぇわ」



細いその指で


俺の頬を伝う涙を拭き取った



深澤「なんで泣くんだよ!」

「深澤が優しすぎるからだろ!」

深澤「俺のせい!?」

「そうだし、」



まだ止まりそうにない涙を


服の裾で拭う


大好きな深澤の匂いがした



深澤「秋のこと泣かせたら阿部ちゃんとか、翔太うるさいんだから」



そんなことをぐちぐちと言いながら


楽屋へ向かう深澤の後ろを追う



深澤「おはよー」

「おはよう」

阿部「おはよ、う、なんで泣いてんの?」

渡辺「どうした?」

深澤「ほら」

「ほんとだな」



そんな2人に面白くなって笑えば


次は不思議そうな顔をした



阿部「ふっかが泣かせたの?」

「ううん、違うよ。ゴミが入っただけ」

渡辺「それにしては泣きすぎだろ」

「おっきいゴミだったの」



適当すぎる嘘で誤魔化して


問い詰められる前に逃げた


そんな俺を見て深澤は何にやら満足そう


そんな同期に俺まで頬を緩ませるんだ












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