阿部side
それから、毎日秋のところへ行った
毎日おはよう、なんて言って
毎日一緒に帰った。
そのうち、おはようって言い返してくれるようになって
帰りだって、俺の片付けが終わるまで待っていてくれた
阿部「帰ろ」
そう声をかければ
犬が尻尾を振るみたいに
こっちを向いて頷く
それが可愛くて
こんなに可愛いことに俺だけが気づいてる優越感に浸りながら
秋の隣を歩いた。
でも、いじめがなくなるわけではなかった
いつもみたいに秋のところへ行けば
いつも着ている上着はベタベタに濡れていた
阿部「それ、どうしたの」
笑って誤魔化して
大丈夫、とだけ言ってからカバンに押し込んだ
何かを押し殺すような顔
この時から俺の大嫌いな顔だった
靴を履き替えながら秋は喋らなかった
阿部「やり返さないの?」
「しないよ」
阿部「でも、秋くんが変わらないとずっと続くよ」
否定してこなかったのは
秋自身もわかっていたからだろう
阿部「俺手伝うよ」
「いい」
阿部「なんで、毎日やられてるじゃん」
「やり返したってなにも変わらないし、ひどくなるだけだから」
冷静だった。
落ち着いた顔でふんわりと笑ってから
リュックを持って立ち上がる
「今日、一緒に帰れる?」
阿部「もちろん」
「じゃあ一緒に帰ろ」
阿部「いいよ」
秋が抵抗もなにもせずに
されるがままなのは納得いかなかったけど
俺が勝手にやり返したところで
秋は喜ばない
隣を歩いて、たまに見せる無邪気な笑顔は
きっと俺しか知らない
だから、その時はそれだけでよかった
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!