――あわよくばと思っていた。
思っていたが駄目だった。
前世を思い出した時、やはりすでにヒロインへのシナリオは――始まっていた。
あいまいに頷くのが精一杯であった。
――昼休み。宮殿のそれか? と思うほど無駄に広い廊下にて。
ヒロイン花園咲(めちゃめちゃ可愛い)がこちらに歩いてくるのを見て、クスクスクスクス笑う、西園寺雅の取り巻きと思われる少女ら。
……お嬢らしく小物から靴までハイブランドで決めた彼女らは、ゲームでは顔も名前もなかったので、記憶復活からは顔面初見である。フーン。君らそんな顔してたのね。
そんな、愚にもつかぬことを考えつつ、ため息をつく。
楽フロはヒロインの入学とともにストーリーが始まり、1年前期はそこそこ駆け足で終わる。
そして、チュートリアルも兼ねていた1年前期が終わり1年後期になると、本格的にストーリーが始まる。そして、ヒロインが生徒会に入ってヒーローたちと仲を深めていくうちに、悪役令嬢の西園寺雅が登場するのだ。
あーあ。
もしも1年前期で記憶を思い出せていたら、いじめなんか始めなかったし、平穏無事に暮らせたはずなのに。
私は実家から車登校だ。
寮は大きくてお城のように綺麗だけど、古いからかセキュリティは本校舎に比べれば心もとない。それゆえの母の判断だ。
――ただ、攻略対象はみな、清華院の歴史あるその寮で暮らしているから、そこでヒロインとフラグを立てることもあったはず。メインヒーローの俊がその筆頭。
そりゃ仲良くなるはずである。
無論平時は異性は互いの寮に入れないだろうが。
――と、その時。
私の取り巻きのうち一人が、すれ違う咲の足を引っ掛けた。
突然のことに、息を飲む。
まずい。
このままでは頭から転んでしまう……か、と思われたが。
刹那――転びそうなヒロインを、片手で受け止めた男子生徒がいた。
それはさながら、少女漫画のワンシーン。
榛色の柔らかな髪が、ふわりと揺れる。あわてて礼を言うヒロインに微笑みかける彼はどこぞの王子かのようである。
ヒロインに足を引っ掛けた(私の)取り巻きの子も、見蕩れてぼうっとしているが、私は逆に血の気が引いた。
なぜなら、
目の前の彼こそが、楽フロのメインヒーロー――、
ある種、私にとってのラスボスだったからだった。
ヒロインのピンチに駆けつけてきたらしい王子様は、ゆるりと顔を上げてこちらを見る。
咲を支え、立たせた許嫁殿の視線は、彼女に向けるものとは打って変わって剣呑そのもの。
憎悪すら滲む薄茶の瞳に、私は、
そんなことを思っていた。
現実逃避である。
……あーもうなんで? なんでこんな時に来るの?
せっかく私が和解を目指そうとしてる時にややこしくしないでくれない?
楽フロはメインヒーロールートに一番進みやすい仕様になっている。私は推しが他にいたので頑張って好感度上げないようにしてたけど。
ゲームの中の御剣俊は好きだったが、いざ悪役令嬢になってみればイケメンメインヒーローも生意気な年下だ。
しかしこの時点でヒロイン、大層好感度が高いようである。
嫉妬なんてしとらんが?
――と言いたいが、昨日までの雅はしていたはずなのでぐうの音も出ない。
黙り込む私に、俊は大袈裟に溜息をついてみせた。
くるりと踵を返した俊は、さりげなく咲の肩を抱いている。
咲はこちらにぺこりとお辞儀をし、俊と連れ立って学食の方向へ。
――和解チャレンジ一日目、失敗。
そう、頭の中で盛大にテロップが明滅する。
足を引っ掛けたところを俊に見られた取り巻きが恐縮している。
しかし、取り巻き令嬢も西園寺家との太いパイプを持つ家のお嬢である。
将来の付き合いを思えば、勝手をやらかすからと言って切ることはできない。
前途多難である。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。