壁に背をつけて、渡されたスマホをかまえた。
わたしの前には7人の男子。
立ち位置についたらしく、
みんながこっちを見ていて、変に緊張してしまう。
目が合わないようにひたすらスマホの画面をみる。
センターで堂々と歌う姿がかっこよくて
急に低い声で、優しい目を向けながら歌うのに
急に2人で顔近づけてかわいさをみせたり
1回カメラに目線を合わせて、
外してからまた合わせてきたり
ぎゅっと手をにぎって、顔もぎゅってしてたり
めちゃくちゃ笑顔で力強く歌ったり
少しかわいさがある落ち着いた優しい声で歌ったり
こんなにたくさんの表情をみせられて、
ファンの方たちはこの1曲で
どれだけ幸せになれるのだろう。
ついさっき彼らを知った私でさえ、
今こんなにどきどきしてるのに、
こんなんじゃファンの方たちは
毎日死にそうになりながら
彼らを拝んでるんじゃないか...
なんて変な心配をしてしまう。
心配されてしまった。
体調が悪いわけではない。
スマホの画面越しだったとはいえ、
あの7人がみせる表情に
どきどきしてしまったなんて。
本人たちに言えるわけもなく、
外に逃げてきてしまった。
顔をのぞいてきたり、
肩に手をおいてくれたり、
彼らは優しさでそういうことが
できてしまうのだろう。
ドアのガラス部分から中を覗くと、
7人でスマホをみている。
スタジオの壁の時計を確認すると
15:15になっていた。
もうすぐ15:30になるし、あと少しだ。
そう思い、深呼吸をしてスタジオに戻った。
彼らのリハはさっきので終わりだったらしい。
プリンを食べてたり、鏡で髪をいじったり、
スマホで何かの中継をみてたり、
自撮りをしてたり、眼鏡をコンタクトに変えたり、
寝てみたり、じゃれあってみたり。自由だ。
イヤホンをつけて鏡の前に立つ。
微調整を加えながら何度も繰り返し踊っていると
鏡に映る彼は両手をぶんぶん振っている。
ダンスに夢中で全く気づかなかった。
7人を見送った後のスタジオは広すぎて、
静かすぎて、色のないモノクロの世界のようだった。
1人になった私は、ドラマ部分の
演技の練習を始めた。
この曲は片想いをしている
女の子への応援ソングということもあり
MVのドラマ部分では先輩に片想いをしている
女子高生役を演じることになっていた。
たしかに私自身女子高生ではあるものの、
恋愛をしたことがない私には少し難しい役だった。
試行錯誤を繰り返していると、
せっかく許可までとって、
伝えに来てくれた◇◇さん。
そういうと早足で◇◇さんは
笑顔でスタジオをあとにした。
時計を見ると18:10だった。
シャワーをして私服に着替えた。
メイクを軽くして8階の2スタジオへ向かった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!