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第1話

志乃の心境 side:志乃
50
2019/10/20 14:56
 我が家には記念日がない。
 よく『寂しくないか?』とか『虚しくならないか?』と、尋ねられることがある。

 しかし、我が家に関して言えば、記念日がある方が虚しくなる可能性が極めて高い。
 だからこそ、記念日を全力で避けているとも言えるだろう。
優也
優也
ただいま、志乃
志乃
志乃
お帰りなさい、優也さん
 玄関までお迎えに行けば、まだほんのりと明るさが残る夕焼けをバックに優也さんはとても嬉しそうな笑みを浮かべている。

 三歳年上の優也さんと結婚したのは、早いもので三年前。
 新鮮な気持ちが減るとも言われる結婚三年目に突入した現在も、優也さんは新婚時代と変わらない家庭ファーストな過ごし方を貫いてくださっている。
優也
優也
志乃―、会いたかったー
 不況知らずの優也さんの会社で定時に上がるのは大変なことだろう。
 特に優也さんはそこそこの役職ももらっている。
 そんな中、時間ぴったりに終業するには並大抵の努力では足りないことを理解しているからこそ、感謝する気持ちも尊敬する気持ちもたくさん持ち合わせている。

 だけど……。
優也
優也
はい、志乃
 ニコニコ笑顔で差し出された白い箱を受け取り、嫌な予感が頭の中を駆け巡る。
志乃
志乃
……え。ま、まさか……優也さん?
優也
優也
うん、そう。今日は新婚時代に志乃が初めて寝坊をした日だろ? その記念……はっ!!
志乃
志乃
…………
 黙り込んでいる私の逆鱗に触れたことに気付いた優也さんが、たじろぎながら必死で言葉をチョイスされる。
優也
優也
いや、記念じゃなくって……。え、と。労い? 的な? 今日も一日ご苦労様ーっ、的な?
志乃
志乃
………………
 私の顔色を伺いながら語る優也さん。
 日々定時に終業するためにこなす凄腕の優也さんと同一人物にはおおよそ見えない。
 しかし、ここまで追い詰められた表情を優也さんが浮かべるなんて反則だ。
 まるで私が理不尽なことで怒っているみたいじゃないか……。

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