志乃が大好きで、大好きで……。
やっと結婚することが出来たのは三年前。
世間では一つのターニングポイントとして三年目という節目が恐れられているようだが、志乃と一緒に暮らすというだけで、日々新たな発見は尽きないもので、俺の幸せな新婚気分は未だ抜けそうにない。
実際、夫婦で一緒に過ごすことを志乃も喜びとしてくれているし、俺としては何一つ不満はなかった。
……と言ったら、嘘になるか。
実のところ、不満が一つだけあったりする。それが、先ほどの会話に繋がるわけだ。
もごもごと答えるのは後ろめたさがあるからに他ならない。
大好きな志乃と日々暮らせば、日々新たな発見があって、日々記念日は増えていくわけで……。俺的には記念日が増産され続け、そして祝いたいと願うことは極々自然な流れと思っていた。
だけど、志乃はそうとは思っていなかった。
そうなのだ。
いつも朗らかで、年上の俺を立てることを忘れない気配り上手な志乃が、夫婦になって初めて自己主張したことこそ【我が家の記念日撤廃案】だったのだ。
勿論、俺としては志乃との愛くるしい思い出を記念して祝いたい気持ちが、今でも溢れかえっている。
だが、それは決して俺の自己満足であってはならないだろう。だからこそ、我が家での記念日撤廃に俺は全面的に同意した。
それにも関わらず、俺の脳内では日々着々と記念日が増産され続け、ついうっかりとお祝いのケーキを買って帰ることもしばしば……。
となれば、当然NOと突きつけたことを実行する夫に対して、志乃が静かな怒りを抱くこともまた極々自然な流れと言えるだろう。
目の前で静かに押し黙る志乃を見ていると、後悔ばかり募っていく。
俺は志乃に呆れて欲しいわけではない。志乃にはずっと笑っていて欲しい。
だからこそ、志乃の嫌がることはしたくない。だからこそ、だからこそ……。
何としても志乃に呆れられたくはなかった。
それにも関わらず、毎度のことながら、こういう場面に出くわすと最終的に言葉が詰まってしまっていた。
仕事ではどんなに無理難題を吹っかけられても冷静に対処できるのに、志乃相手だと本気でテンパってしまう。
それは志乃との約束を軽く見ていると思われることを本気で恐れているからに他ならないのだが、行動が伴わない限りそんな発言など全て戯言にしか聞こえないだろう。
そのことを理解しているからこそ、俺は毎度性懲りも無く言葉を詰まらせていた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!