シン……と静まり返り、冷え切った霊安室。
愛音ちゃんと私の視線が交わる。
愛音ちゃんの瞳は泣いた後なのか、ゆらゆらと揺れている。
その瞳……
海人の瞳とそっくりだね。
海人のお母さんだと思われる人が、目元にハンカチを当てながら、震えた声で言う。
今にも壊れそうだった。
そうだよね……
息子が死んじゃったんだから。
海人のお父さんだと思われる人も、唇を噛み締めている。
いいな、海人は。
こんなに……海人の死を悼んでくれる家族がいて。
私の代わりにお兄ちゃんが返事をする。
そして、海人の前へ私を連れて行く。
お兄ちゃんの手は明らかに震えていた。
そんなに震えなくてもいいのに。
私より震えてるじゃん。
まあ、私は一切震えてないんだけどね。
お兄ちゃんの手が、やけに温かい。
それは多分。
私の手が冷えすぎているからだ。
海人のお母さんは涙でぐしょぐしょになった顔なんて気にしない。
ハンカチをポケットに入れて、海人の顔にかかっている白布に手をかける。
白くて、今にも折れそうな指がゆっくりと動く。
海人の顔が徐々に明らかになる。
一瞬のことだったんだろうけど、私にはスローモーションのように長く感じた。
白布が完全に退けられる。
私の目の前には。
長いまつげを伏せて。
気持ち良さそうに眠っている、
海人がいた。
お兄ちゃんが不自然な息を漏らした。
ちょっと、大丈夫?
私のお兄ちゃんなんだから、しっかりしてよ。
ほら、海人ならいるじゃない。
私の目の前に。
今だって、気持ち良さそうに眠っている。
きっと、あと何時間かすれば。
「おはよう、みく」って私の髪を撫でてくれる。
私の名前を呼んでくれる。
海人……海人……
会いたかったよ。
ずっと
ずっと黙っていた愛音ちゃんが、急に低い声を出した。
声が霊安室に響く。
私のせい……?
私は何もしていない。
それに、海人は死んでなんかいない。
愛音ちゃんは叫び続ける。
私への憎しみをひたすらぶつける。
泣きながら……。
大きな黄色の瞳から、涙が止まることはない。
ああ……
愛音ちゃんは悲しいんだね。
弟が亡くなったもんね。
愛音ちゃんは今までで一番大きな声で叫んだ。
そして、愛音ちゃんは走って霊安室を出ていった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!