第172話

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2019/07/29 09:56


シン……と静まり返り、冷え切った霊安室。

愛音ちゃんと私の視線が交わる。

愛音ちゃんの瞳は泣いた後なのか、ゆらゆらと揺れている。

その瞳……

海人の瞳とそっくりだね。

海人の母
海人の顔……見てあげてくれないかな?


海人のお母さんだと思われる人が、目元にハンカチを当てながら、震えた声で言う。

今にも壊れそうだった。

そうだよね……

息子が死んじゃったんだから。

海人のお父さんだと思われる人も、唇を噛み締めている。

いいな、海人は。

こんなに……海人の死を悼んでくれる家族がいて。
はい……ほら、みく


私の代わりにお兄ちゃんが返事をする。

そして、海人の前へ私を連れて行く。

お兄ちゃんの手は明らかに震えていた。

そんなに震えなくてもいいのに。

私より震えてるじゃん。

まあ、私は一切震えてないんだけどね。

お兄ちゃんの手が、やけに温かい。

それは多分。

私の手が冷えすぎているからだ。

海人の母
今……見せるわね


海人のお母さんは涙でぐしょぐしょになった顔なんて気にしない。

ハンカチをポケットに入れて、海人の顔にかかっている白布に手をかける。

白くて、今にも折れそうな指がゆっくりと動く。

海人の顔が徐々に明らかになる。

一瞬のことだったんだろうけど、私にはスローモーションのように長く感じた。

白布が完全に退けられる。

私の目の前には。

長いまつげを伏せて。

気持ち良さそうに眠っている、







海人がいた。






……っ


お兄ちゃんが不自然な息を漏らした。

ちょっと、大丈夫?

私のお兄ちゃんなんだから、しっかりしてよ。

ほら、海人ならいるじゃない。

私の目の前に。

今だって、気持ち良さそうに眠っている。

きっと、あと何時間かすれば。

「おはよう、みく」って私の髪を撫でてくれる。

私の名前を呼んでくれる。

海人……海人……

会いたかったよ。

ずっと









愛音
ちょっと……


ずっと黙っていた愛音ちゃんが、急に低い声を出した。

声が霊安室に響く。
みく
なに?愛音ちゃん
愛音
なにじゃないのよ!?
あんた、バカ!?
何で、涙の一つも流さないのよ!
みく
ちょっと……落ち着いて
愛音
落ち着けるわけないじゃない!
海人が死んだんだよ!
愛音
しかも、みくのせいで!


私のせい……?

私は何もしていない。

それに、海人は死んでなんかいない。
愛音
あれだけ忠告したのに!
海人を振り回さないでって……


愛音ちゃんは叫び続ける。

私への憎しみをひたすらぶつける。

泣きながら……。

大きな黄色の瞳から、涙が止まることはない。

ああ……

愛音ちゃんは悲しいんだね。

弟が亡くなったもんね。
愛音
みくのせいで、海人は死んだ!
みくは海人を殺したの!
愛音
みくなんか……


愛音ちゃんは今までで一番大きな声で叫んだ。
愛音
みくなんか、大っ嫌い!


そして、愛音ちゃんは走って霊安室を出ていった。

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