第10話

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2021/08/25 20:20





コーヒー淹れてくれて、シャワー室に消えてくれたから、ようやく落ち着いてきた。




でもどうせ、出てきて濡れた髪がおでこに張り付いてるのなんか見たら、また動揺するに決まってる。

まともな頭で話せるのなんか絶対、ひとこと、ふたこと、しか無い。


オレは、怒ってはいない。
ひとりにされて、寂しくて悲しかっただけだ。


よし。


あとはカレが、オレについて間違った認識してるのを直さなきゃ。
他にたくさん仲良しがいるからカレはいなくてもいい?
やること(セックス)やれば、あとはもうカレはいらない?


ふざけんな!
オレを何だと思ってんだ!
なんかまたムカムカしてきた。
そりゃやりたいよ、当たり前だろ、恋人なんだから。
やんなくていいなら、友達でいいじゃんか。
好きだけどやりたくないって、バージンみたいなこと言われたかったって言うのか?
いや違う、やるだけ、ならセフレ扱いか?



何気なくテレビを見て、今日のわんこが終わったのに気が付く。
もうすぐ8時。
いつまでシャワーしてるんだ、遅刻しちまう。


「おい、もう8時になるぞ?」


て、風呂場に声をかけたら、


「ヤバ!
考え事しとった!」


だって。
おいおいおい。
そりゃ当然、オレの事だろうな?


急にちょっとだけ気分が良くなるから、我ながら笑う。

朝メシ何にするつもりだったんだろ?
トーストとかなら、適当に用意してやるか。

冷蔵庫開けたら、いきなり、作り置きのアジの南蛮漬けが目に入る。
美味そう。
けっこうたくさんあるから、ひとり分じゃないな。
アレ?
日付見たらおととい作ってる。
てことは、昨日食べるつもりだったんじゃん?
オレと?


「何見てん?」


振り返るとすぐ後ろに、腰にバスタオル巻いただけのカレ。
水も滴る、いいオトコ。
この水ってさ、見てる側の体液のことだって。
思わず濡れて滴っちゃうぐらいイイ男、なんてスゴイ表現だよな。


「水、飲みたくなって……」


ほら見ろ、どぎまぎしちゃってもう頭働かない。
冷蔵庫閉めて、目をそらしたままベッドに行って。


「オレ、オマエがイヤなら他の誰ともメシ行ったりしないよ」


それだけはハッキリ言った。


「ボクがイヤなら?」


カレは腰からバスタオルを外し、髪や体を拭き始めた。
オレはカレのキレイな体を見つめてしまう。
見ないでいるなんて、とてもできない。


「あかん。
そうやない。
ボクがどう思うか、ではなく、あなたが自分で選ばないと意味ないのや」


「?」


「ボクを、あなたの行動の理由にせんといて。
ボクもあなたをボクの行動の理由にせえへんよって」


「……言ってること、よくわかんない」


「そやろな。
ボクもうまく言えてない自覚あるわ。
どう言ったらいいかわからんくて、昨日も会いに行けんかって」


話しながら着々と着替えがすすむ。
愛しいカレの体はおおかた隠れてしまった。


「ボク、セックスだけじゃ嫌なんよ」


思いがけないことを聞いた。


「イヤ?
オレと触れ合うのが?」


「ちゃう。
それはしたいねん。
けど、ボクはあなたのイロで終わりたくないねん」


「オレ、オマエにセックスばっか求めてる?」


「それもちゃう。
ボク、あなたからそういう目で見られんのは嬉しいねん」


「わかんないよ」


カレの、伏せてた視線がいきなり上がって、真っ直ぐオレを射たから、心臓が止まりそうになった。


「ボクが自分に、それしか取り柄がないみたいに感じてるとこが問題なんや」


「……すごい取り柄じゃん。
ほとんどの男が欲しいやつ」


カレはオレを見ながら笑った。
その笑顔の破壊力は、オレの下半身を直撃する。
カレがオレの顔に触れてきた。
優しく、撫でるように触れる。

顔が近付き、甘いキスが来た。
優しく優しく、味わうように動く舌に、うっとりする。
これこれ。
昨日からずっと欲しくてたまらなかったやつ。
歯を磨いたらしく、ミントの味がした。
密着したくて抱きしめたら、お腹にぶつかるカレの欲望。
嬉しくて、嬉しくて、抱きしめる腕にチカラが入る。

唇が離れるとすぐに、わだかまってた質問をぶつける。


「昨日、なんでオレを置いてったの?」


「ボクの知らないあなたを、他の人に独占されてるように感じるのが不愉快、なんやろうな、たぶん。
ボクが知ってるヒトはおらんし…あなたの隣には当然のように昔の仲間が座るんやろ?」


それがイヤなんや、って言いながら、オレを抱きしめる腕に力が入り、耳元でいきなり、名前を低くつぶやくように何度も呼ばれた。
背骨の辺りがゾクゾクする。


「オレ、オレ……どんなとこにもオマエにいて欲しい。
オレの隣にいて欲しい。
だから、これからもずっと誘うよ?」


「……オレでええん?」


その顔見たら、もうダメだった。





押し倒して、奪って、ひとつに溶け合いたい。













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