紗夏と飲みに出て、珍しく酔い潰れた紗夏を家まで送ってから戻ってきた。
お迎えされて第一に抱き着かれたのは流石に焦ったけど、どうやら酒の匂いがキツくて紗夏のことはバレてない様子。
…さっさと紗夏との関係を終わらせればこんな冷や汗かかなくてもいいのに
そんなことを思いながら、今日一日お世話になったスーツを脱ぎ捨て、浴室へ。
鏡を見てみれば当然のように咲いている少しきつめの色をした紅い華。
鎖骨の下…こんなところじゃ蚊に刺されたは通用しない。
どうしてくれんだあの変態…
遠慮も何もない。少なからず紗夏もわかってるはず。
自分が浮気相手の立場であることも、私が南を大事にしてることも。
いや、大事にできてたらこんなことにもなってないんだけど。
ただ一箇所にしか付けないってのは…秀逸だよなぁ…笑
一瞬背筋が凍った気がした。
持っていた食器を手放してしまうかと思った程緊張が走った。
…バレた?紗夏との…いろいろ、バレたの?
いや、でもあり得ない。
南と私の職場は正反対だし、もし見ていたとしたなら私の職場付近まで来なきゃいけない。
私と紗夏の姿を見てから家に戻ったとして、オムライスを作る時間はなかったはず。
作り置きの味はしなかったし、わざわざケチャップで綺麗なペンギンまで描かれてたから、直接見られたなんてことはあり得ない。
誰かに見られた…?でも南の知り合いがうちの会社にいるなんて話、聞いたことないぞ…
緊張から無意識に顔を顰めている私と、何を考えているのか分からないような南の表情。
私の手を掴む南の手は随分暖かくて、力が弱い。
冷や汗が頬を伝う感覚。夏の近づいて来たこの時期、部屋の中は冷房が少しずつ効いているはずなのに。
寝室へ連れ込まれれば、ベッドの真ん中に連れられ肩を押され。
大人しくその場に座り込めば、目の前に静かに座った南の目元は少し赤い。
あ〜…もう、罪悪感が、凄すぎる
報告するとか、半年間黙りこくってるやつが良くもまぁそんなセリフを言えたなぁ?
目の前の彼女が安心しきって泣いてる所を見て胸を痛める権利なんてないのよ浮気者には。
咄嗟に出た蚊に刺されましたとかいう杜撰な虚偽申告に、まんまと騙されてくれた純粋な南。
彼女にもっと頑張るからなんて言わせた挙句本当のことも言わずにバレなかったことへの安心感に浸ってるなんて。
誰かこんな最低な人間を指し示す的確な言葉を作ってほしい。最低でも物足りないほどのろくでなしだ。
…今、彼女の連絡先を断ち切れば、きっとこの事態は収束する。
会社が同じと言ったって部署は違うし、必要な会話は終業時刻までに済ませればいい。
…ここで、言わなきゃいけないのに。
勇気が、出ない。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。