“お疲れ様でした〜…“
非常に疲れた。
午前から教育係をしているわけでもない後輩の尻拭い。
午後にはまだ企画書にすら手をつけられていなかった友人の手伝い。
自分のプレゼン資料はどうにか終わった。どうにか。
いつもの数倍くらい疲れた気がして気が滅入りながらエントランスまで重たい足を引き摺って出た。
空は真っ暗。エントランスには未だ忙しなく働いている社員の姿がちらほらと。
一応定時を過ぎて一時間しか経ってないけど、もう真夜中の気分。
“あなた〜!“
…うん分かってた。こんな大人しく帰れることはないんだろうなとは、薄々気付いてた。
私じゃなきゃダメなんて常套句に何度引っかかってるのか、今や数えるのも億劫なほど。
紗夏の常套句といつもの如く凄まじいボディタッチをこの身に受けて。
…そう言われると、弱いんだよなぁ
…結局流れに乗って来ちゃったじゃん、何やってんの私は
あの後、約十分間の討論(口喧嘩)を繰り広げた私達。
口喧嘩からどんな過程を経たらこんな淫らな同僚の姿を見る羽目になるのか、私にも分からない。
ただ一つ言えるのは、こんな状況でも楽しんでる私がクズすぎるってことだけ。
家で私の帰りを待つ南がいて、南とは随分ご無沙汰なのに同僚なんかとこんな行為をするだなんて。
クズという言葉すら私には勿体無いのかもしれない。
こんな同僚の姿を見て、南への罪悪感に苛まれながらも乱れたベッドシーツを見て満足してしまってるんだから。
軽めのウィンクを飛ばして浴室へ歩いて行った紗夏を見送り、ぐしゃぐしゃになったベッドを横目にソファへ腰を下ろす。
紗夏の言う通り。すっかり立派な浮気者。
匂いでバレるとか、キスした時の匂いでバレるとか。
南に悪いと思いながらもバレないようにバレないようにと考えを巡らすなんて普通じゃない。
罪悪感と比例して大きくなっていく紗夏への愛しさが、余計に私を狂わせて止まない。
南は勿論好きだ。大好き。
あれだけ献身的に私に尽くしてくれるし、私もその分返してるつもり。いい関係だと思ってる。
…でも私は、紗夏も好き。
南とは正反対の底抜けの明るさと、夜のギャップに当てられて頭がおかしくなってるだけなのかもしれないけど。
実際、紗夏は可愛い。入社して三日目で同僚の男性全員から告られるなんて偉業も果たしてるし。
性格も、気が利くし意外と視野広いし仕事はできる。
ちょっと家事とかその辺はズタボロだけどそれもまたキュートポイントなんだと思う。
考えれば考えるほど自分のしてることへの嫌悪感が膨れ上がっていく。
そもそも、紗夏はなんで私にこういうことをしてくれとねだってくるのか。
私の指で満足できてるのか?こんなちっぽけな指で、本当に?
…ダメだな、考えたらいよいよ終わりな気がする。
こんな時ばっかり南の名前出しやがって…ずる賢い子だよ本当に
こうして髪を乾かすのも何度目か。
半年前から数え切れないほど、この手でこの女性を弄んでる。
大した特徴もない、こんな平凡な女の何が良くてこんなことを頼むのか。
そしてなぜ私はそんな過激な要求を飲んでしまっているのか。
もう次はないと思いながら何度この場へ来たことか。本当に次でやめないと、バレたら本当に終わる。
南にだけはバレたくない。っていうか、普通に本命は南だし。南なの。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!