第13話

咲くな、桜。
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2020/04/04 13:18
………… 2月ももう終わる。






桜人は2月の始まり頃から病室を個室に移した。











病院までは遠いけん、毎日は来れん。





だけど休日は絶対に来るようにしてる。


………… 最期まで、
もう時間が無いのはわかってたから。




来ても、体調が良くなくて

面会謝絶の時が時々あった。








………… その日は、
桜人の体調がいつもよりも良かった。






桜人はベッドで起き上がって、

私はベッド脇の椅子に座ってた。


















紀友 桜人
ねぇ 光
天月 光
ん? なに?
紀友 桜人
別れよう
天月 光
…………………… え
紀友 桜人
もう、お見舞も来ないで欲しい


頭が真っ白になる。




え、何、私なんか嫌なことしたん?

嫌われるようなことしたん?

え、何で何で何で


天月 光
っ、何で?
紀友 桜人
………… 君を見るのが辛いから


桜人が窓の外を見やる。



紀友 桜人
ほら、
僕ってもうすぐ死ぬ訳じゃん?
紀友 桜人
なのに まだまだ生きてく光が
傍にいたら、そりゃ嫉妬するでしょ



桜人が、こっちを見て嘲笑わらう。





紀友 桜人
もう光の顔見たくないの
紀友 桜人
だから別れてよ
紀友 桜人
もう来ないで




傷つけようと嘲笑わらう。




















そんな彼に、ポロッと言葉が零れる。






天月 光
………… なんて言うかさ、
天月 光
桜人って、頭良さげで
天月 光
結構バカだよね
紀友 桜人
・・・え?
天月 光
うわ なんか凄い古典的聞き返し




だって、自分から望んで
人を傷つけようとしてるのに










天月 光
そんな苦しそうな顔する奴おるかって




ちょっと呆れて笑ってしまって、


それから、でもやっぱ怒りが来る。









天月 光
何で嫉妬したとか嘘つくんですかー
紀友 桜人
………… やっぱ僕に演技は向いてないか
天月 光
うん。
すっごく下手。
紀友 桜人
そうまで言われると傷つくな




普通に笑った。




やっぱ桜人は、そっちのがいい。

桜みたいな彼には、人を傷つける顔は似合わない。










紀友 桜人
…… でも、別れた方がいいって
いうのは、本当だよ
天月 光
…… 何でなん?



桜人が スっと眉を下げて困った顔をした。





紀友 桜人
………… 僕は、もうすぐ死ぬから
紀友 桜人
だから、
天月 光
『生きてく君を縛りたくない』
紀友 桜人
…… わかってるんだったら
天月 光
だから桜人はバカやって言うんや



ガタンッ




立ち上がった反動でパイプ椅子が倒れる。






天月 光
なぁ、私は離れんよ
天月 光
何回言わせるんな
紀友 桜人
…… 最期まで好きでいたら、辛いよ?
天月 光
辛くていいんや。



被せるように言う。





天月 光
私は、桜人が好きやから。
天月 光
忘れたくない。
最期まで一緒にいるっち、約束した。
紀友 桜人
………… 頑固。
天月 光
お互い様




沈黙。




桜人が拗ねたような顔してて、

笑うまいと思ってたんに、吹き出してしまった。






紀友 桜人
………… 光、
紀友 桜人
こっち、来て
天月 光
っ?



腕をぐいと引っ張られる。


















そのまま唇が重なる。














と思いきや。




勢いが良すぎて

ガツンッ



歯がぶつかる。













天月 光
〜〜〜っ
紀友 桜人
〜〜〜〜ったー…………



悶絶するお互いと、目が合う。





紀友 桜人
……………… くっ
天月 光
……ふふっ


どちらからとも無く笑い出す。





どうしようもなく、


恥ずかしくて

愛おしくて

大切で




大切で大切で大切で。


涙が出る。


























………… 病院から出て、空を見上げる。




桜の木。






ここの桜並木は、毎年綺麗に咲き誇るらしい。











そう言えば、桜人と会ったのは、
咲き誇る桜の下だった。




今年も、一緒に…………













紀友 桜人
やっぱり、桜の咲く頃に僕はいない。







ゾワッと背筋が凍る。












ここの桜が咲く頃、彼がおらんのなら。





………… なら、




















咲くな、桜。





















睨んだ梢には、まだ蕾すら無い。























………… 3月下旬。








桜人が死んだ。












最期には、間に合って。


少しだけ話せた。



でも、ほとんど覚えてない。



紀友 桜人
泣かないで。



その一言だけ、覚えてる。









宣告されていた余命よりは長かった。





でもやっぱり、早すぎる死だ。













病室の窓の外の桜はちょうど満開で、

でも早い花は風のせいで散っていく。








桜人に会った昨年の春みたいやな。



そう思うと、笑えて。





あんまり悲しくて。



笑うことしか、出来んかった。



















『穏やかな春の日に、どうしてこうも
忙しなく桜は散っていくのだろう。』







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