………… ねぇ、桜人。
今な、もう3月なんよ。
もうすぐ、桜 咲くよ。
私な、もうすぐ高校生なるんで。
受験、頑張ったよ。
ねぇ、桜人。
もうすぐ桜人がそっちいってから、1年経つんで。
…… やっぱりな、まだ信じられん。
桜人が隣におらんのが。
ねぇ、桜人。
私、桜人がおらんくなってから、
桜人が言った通り、1回も泣いとらんので。
約束、守ってるんで?
偉いやろ、褒めてよ。
ねぇ、桜人。
桜人のおらん未来が、どうしても描けんよ。
何処にいたって、桜人んことばっか。
ねぇ、桜人。
いつまでも貴方を想っとる私って、変なん?
過去に引きずられとる私って、変なん?
ねぇ、桜人。
周りの迷惑そうな目 見るん、もう疲れたよ。
………… ねぇ、桜人。
ねぇ、桜人。
今な、私、中学の屋上おるんよ。
今日、離任式やったんで。
校舎 4階建てやけんさ、結構高いよ。
でもな、貴方んとこに行けるっち思ったら、
全然 怖くないんや。
むしろな、嬉しいんや。
やっと決心ついたことが。
ねぇ、桜人。
桜人は結構、桜 好きやったな。
もう一度見たいって言いよったな。
でもな、私はもう見たくない。
ほら、どっちも、桜の綺麗な日やったやん?
覚えとる?
私が桜人に出会った日と。
………… 桜人を失った日。
桜 見るとな?
どっちも思い出しちゃう。
………… 辛いんや。
………… でもなっ!!
そんなんは、今日で終わり。
私は、今から飛ぶんやけ。
さよなら、桜。
………… ねぇ、桜人。
桜人がつかまえてくれた帽子、
脱いだ靴の横に置いとくね。
ねぇ、桜人。
………… 今から、屋上の柵、乗り越えるよ。
なぁ、そしたらさ、
桜人に近づけるかなぁ………………
ガシッと腕をつかまれ、柵から引っペがされた。
そのまま 身体の向きを反転させられ、
抱きしめられる。
低い声で 威嚇するように言うけど、
ぎゅう、と、ますます腕に力がこもる。
春日が息をつめる。
今ならわかる。
何で桜人が、あんなに私を遠ざけようとしたか。
私は、弱いんや。
だんだんと、涙声になってくけど、
涙は流れんかった。
やって、桜人との、約束やから。
叫びに嗚咽が混ざる。
息を切らして 心が屋上の扉から飛び出してくる。
走って階段登って来たん?
言いたいことが思うように出てこないような、
もどかしそうな顔で言葉を紡ぐ。
なぁ、何で止めるん?
何でそんな辛そうな顔で止めるん?
私なんて、おってもおらんでも同じやん。
むしろおらん方がいいやん。
口ではああ言ったって、ほんとは迷惑なんやろ?
私なんて、私なんて……ッ
目線でわかる。
私の存在を迷惑がってる人がおること。
そんなんに晒されて、
普通に生きていける訳なかろ?
身近な人にも迷惑がられとるんやないかって
思っちゃうの、嫌なんよ。
耐えれんの。
疑いたくないに、疑っちゃうの。
死んだら全部、何も考えんでいいやん。
心が、すぅ、と息を吸った。
心の目の端に涙が光る。
心の喉が、ひゅう、と鳴る。
春日が大声で、涙を流しながら引き継ぐ。
私はその顔を、呆然と見てる。
2人が、泣きながら、私に叫ぶ。
生きろ、と、叫ぶ。
……なぁ、こんな私でも、生きとっていいんかな。
迷惑しかかけられん、こんな私でも、
生きとっていいんかな。
思わず 涙が零れた。
………… ねぇ、桜人。 ごめん。
約束、破っちゃった。
春日が驚いたように腕を離し、
心と顔を見合わせる。
その2つの顔が、喜びに変わると同時に、
春日はもう一度私に
抱きつこうとしたみたいやけど、
心に押し飛ばされてしまった。
私を抱きしめる、心の艶々とした黒髪を撫でる。
春日が、まぁ仕方ねぇか、と頭を掻く。
その時。
サァッ。
風が吹く。
春の匂いを運ぶ風が吹く。
そして帽子を舞いあげる。
3人とも、気力が残っとらんで、
座り込んだまま呆然と見上げる。
帽子はそのまま、空高くとんでいく。
それをつかむ人は、もういない。
私は笑って首を振った。
………心から手を離し、立ち上がり、柵の方へ歩く。
身を乗り出し、息を吸う。
遠くまで響き、こだまする。
ザアッと、風が木を揺らす。
『僕は光を縛りたくないから、それでいいんだよ』
そんな風に彼が言った気がする。
こらえきれず、嗚咽に変わる。
涙で滲んだ空の下、桜の蕾が綻びかけていた。
----end-----
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!