桜人を好きになって、初めのうちは、
すごく楽しかった。
全部が新鮮に見えた。
彼と話せるだけで嬉しいし、
彼の姿を見かけるだけで顔がゆるんだ。
───それだけで、良かったのにな。
彼は明るくて、気さくな性格で、
男女どちらからも好かれていた。
相変わらず春日と一緒にいることが多いけど、
他のクラスメイトに囲まれてても、
楽しそうだった。
紀友! 紀友くん!! 紀友ー!!
そんなとこに、私は上手く入っていけれんかった。
それだけやなくて、
春日とか心が一緒やないと意識しちゃって
上手く話せんし、もともと内気な方やけん、
自分から話しかけきらん。
そんな時に見る彼は、
この田舎に住む私らにとっての
『都会』くらいに、遠く感じた。
片野 空花ちゃんって子が、
桜人の制服の袖を引いて話しかける。
1つのノートを、2人で覗き込むように見てる。
……何やろ、このモヤモヤした気持ち……
はっとして見ると、
春日と心がドアのとこで手を振っていた。
春日と桜人はどうやら、
まだつかず離れずの関係らしい。
慌てて教科書とノートを取り出して、
2人の背を追いかける。
チラ、と後ろを向くと、
桜人と空花ちゃんはまだ楽しげに話してた。
2人が理科室に来たんは、チャイムの鳴る2分前。
そのころには、だいたい皆席についてる。
ある程度静かなとこに
ドタバタと男女が2人で入ってきたら、
中学生はどんな反応をする?
キャー!!と女子が声を上げる。
桜人が赤くなって否定する。
その態度に、
さらにモヤモヤが大きくなる。
今やそれは私の胸の中で、真っ黒けに染まってる。
次々と浴びせられる冷やかしの声に
違う、そうじゃないって、と返しながら、
桜人が近づいてくる。
前の席に座る。
あ……、そっか。同じ班やったな。
どこか冷めた頭でそう思う。
そう言って笑いかけてくる。
曖昧に、頷く。
今口を開いたら、黒いモヤモヤが
口から飛び出して言ってしまいそうだった。
きっと、前に猫派だと話したことを
覚えててくれたんだろう。
でも、最低限の相槌しか出来ない。
話せば話すほど、
彼に私の真っ黒い醜い胸の中を察せられそうで。
そうこうしてるうちに、
チャイムが鳴って授業が始まって。
心と春日を交えては
今まで通り仲良く話してたけど、
その日を境に、
私から彼に話しかけることはなくなった。
そのうち、私と桜人の2人だけで
話すことは無くなっていった。
彼にとって、私は、
もうわざわざ話しかけるほどの
存在ではなくなったんだよ。
変わらないように見える桜人の姿に、
もう、諦めようと思った。
全てが、どうでも良かった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。