部屋に戻り、
机に置いていたスマホを見る。
画面には『母 不在着信』とだけ。
俺は深くため息を吐いた。
何でいつも断っているのに気付かないのだろう。
俺は画面を開いて、母に折り返し電話。
3コール目でスマホから声が聞こえた。
冷たい言葉はスラリと口から出た。
もう俺も我慢の限界が近いんだと思う。
そう言えば、
ピタリと時が止まったように話さなくなる母。
母さんは、そんな人を待ってただろう?と、
まだ沈黙を貫く母に追い打ちをかける。
何が何でも家柄が良い女性と交際してもらいたいと
言葉からにじみ出ている。
分かり易すぎなんだよ、昔から。
俺が、今回は一歩も譲らないと察したのか、
向こうでも小さくため息が聞こえた。
それと、ごめんね。嘘つきな息子で。
本当は恋人なんていない。
家に連れて行く予定もない。
俺がお見合い嫌なだけなんだよ。
ただの、俺のワガママなんだ。
正直言って辛い。嘘をつき続けることが。
今まで、この関係に楽しさを感じていたけれど、
嘘をつき続けることが、こんなに辛いなんて。
あなたはどうなる?
あなたの方が辛いに決まってる。
親友にまで嘘をついて、泣きたいに決まってる。
こんな辛い事なら、頼まなければ…。
でも今から止めるなんて出来ない。
もう、後戻りはできないんだ。
2週間後、俺達は写真を撮るためにデートをする。
場所は決まった。あとは、細かなプランだけ。
辛いことを忘れられるように。
その日だけで良いから、楽しんでもらえるように。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!