今日も早乙女先輩は屋上にやってきた。でも今日の天気は悪い。薄暗い空が広がり、ポツポツと雨が降り出しそうな天気。
普段なら僕も来ないんだけど…早乙女先輩が来るならと思って来てしまった。
早乙女先輩は僕の隣に座った。いつもと場所が違うのにひっつき回ってくるのは多分僕の匂いを嗅ぎたいから。
太腿の上に弁当を広げた早乙女先輩は笑顔でそう言った。絶対に一緒に食べる友達とか、彼氏とかいるのに。匂い目当てに僕の所に来てるなんてもったいない気がする。
また、トマトがグラタンと混ざらないうちに食べた。すると額に何か冷たいものが1粒、当たった。
しかし、ここで教室に戻るのもあれだ。屋上に向かう階段で食べれば何とかなるな。
早乙女先輩はにっこり笑ってまだ中身が入っている弁当箱に蓋をした。屋上のドアを開けて校舎の中に入る。雨前は冷えるようで中と外の温度差は思っていたより大きかった。
季節は春。暑くも寒くもないこの時期。1番過ごしやすいこの時期。花粉がどうとか言うけど僕は花粉症じゃないので特に困ることはなかった。
屋上に向かう階段に座って弁当を広げた。直線ではなく、踊り場を挟むタイプの階段なので3階からは死角だ。こういう時だけ役に立つ。
そうやって今日も耳元で僕の匂いを嗅ぐ。昨日、家に帰って自分の部屋とか洗剤とか色々匂いを嗅いでみてから自分の匂いを嗅いだんだけど…。自分の匂いに慣れすぎていて無臭としか感じられなかった。
何回も逃げようとここ数日試みても、早乙女先輩から逃げられることはなかった。というか、途中で抵抗が面倒くさくなってきて諦めたのは僕なんだけど。
何度も嗅いだ制服から匂うものは何も無くてただの空気しか出ていない気がする。
昼のこの時間。
学校で過ごす時間の中で1番好きな時間。
チャイムよ、鳴らないでくれと思ってしまうこの時間。
あぁ、早乙女先輩って楽しませる魔法を持ってるのかな。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!