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第1話

1
蝉の声が反響していた。
遠くで積乱雲が輝き、夏が近づいていることは誰もが感じていた。
でも突然の夕立なんてきっと予想していなかっただろう。
これから聞かされる告白のように。

なぁ、人を殺したって言ったら、おまえは変わらずにいてくれるか。
桜一朗(おういちろう)は言った。
目の前にいるのは幼なじみ。
一瞬目を見開いたあと、絋雪は答えた。

「おうちゃんはおうちゃん」

「うん…」

何ヵ月かぶりに見るお互いの顔は、酷く青く見えた。曇天が反射されたような。

絋雪は桜一朗を部屋にあげ畳に胡座をかいた。蝉の声よりも室外機の音がよく聞こえた。持ってきた麦茶のグラスに結露がつくほどの長い沈黙だった。

「ずっと、何してたの」

桜一朗はその静けさを上乗せするような声で尋ねた。

「ゲーム……とか勉強……」

まるで聞いた本人ではないかのような興味の無さそうな返事をされた。

「おうちゃん、さっきのは……?」

絋雪が聞くと桜一朗はグラスに手をかけた。
冷えた麦茶が喉が動く度に取り込まれていくことがわかる。

「人を殺したんだ」

冷房がいっそうと強くなった気がして、沈黙。

「意志があった訳じゃない。でも、殺したんだ」

絋雪は桜一朗の手元から視線を動かさなかった。再び静寂が二人を包んだ。

「……あの……あいつか?」

絋雪が聞く声は細かった。慎重に、傷を深めないように。

「そう……どうしよう。俺もう……人間として生きてて良い存在じゃなくなっちゃった…」

涙混じりの声が体感温度を下げていく。雨で張り付いたワイシャツがより冷たそうにみせる。
もともとおとなしく、気弱な桜一朗の素顔が見える。目元は潤んでおり今にも零れそうなのを我慢している。

「母さんに悪いことをしたと思っていると言ったら、黙って泣いていた。俺はもう、死ぬ価値のある人間になったんだ。だから、死のうと思ってお前のところに来たんだ。おまえにくらいしか話せないから……ごめん。長居して。濡れてるのに。悪かった。じゃあ、俺もういくから。聞いてくれてありがとう」

「おうちゃん!」

絋雪は桜一朗の細い手首を掴み引き留めた。

「俺も社会から見たらゴミのような存在だよ。学校にも行かないで、引きこもって、母親に迷惑かけて。俺なんてとっくに死ぬ価値のある人間に成り下がってるさ。おまえはまだ早い。それに、正当防衛だろ? そうだろう?」

桜一朗は自分よりも低い位置にいる絋雪に視線を落とすと同時に涙を流した。何度も何度も首を縦にふって肯定の意を示した。
掴んだ手首が酷く冷たく感じた。少し震えていて手の力を緩めた。

「ホームで、待ってるときに後ろから押されて。俺はギリギリ踏みとどまった。いつもはなにもしないはずなのに、なぜか、俺は反抗したんだ、危ないって。だから向こうも力いっぱい、叩いたり、蹴ったり、突き落とそうとしてきて、俺はあいつの肩を押したんだ、電車が来ようとしているホームに向かって。他の電車に比べてゆっくりだから、バラバラとかではなかった。けど、打ち所が悪くて、死んじゃった。嫌いだったけど、死ぬほど嫌いだったけど、あいつが死んだとわかったとき、泣いた。嬉しくて、怖くて、自分が分からなくなった。まだいじめられてた方がマシなんじゃないかとか、思って、でもいじめから逃げたくて、怖くて」

自分の感情を知っている日本語で紡ぐのに精一杯な桜一朗の話を絋雪は、静かに聞いていた。

「おうちゃん」

「警察に……行かなきゃいけなくて。でも……もう生きる資格なんてないから……死にに行こうと思うんだ。」

この時なぜ引き留めなかったのだろうと思う。なぜ聞いてしまったのだろうか。
桜一朗は驚いたあと、静かに言った。

「どこへ?」

「……遠いところ……かな。どうせなら、みんなに嫌われて、必要ないって思われて死にたい」

「……俺もいくよ。連れてって」

「え……本当に?」

「うん」

「だって……本当に? 人殺しだよ、俺」
「俺だってダメ人間だ」

桜一朗はしっかりと絋雪の目を見た。本気であるということがその眼差しから受け取れるとまた瞳を潤ませる。絋雪は少しだけ、笑ってみせた。

これから、俺たちは小さな逃避行をする。