【注意書き】
この小説には下記リンク先小説の続きです。
先にそちらを読んでからご覧ください。
【小説での名前表記→プリチューバーとしての名前】
朝日奈永遠、花火→不知火久遠(Lycoris×Arcanum)
離岸英世、煉→離岸英世(Lycoris×Arcanum)
桔梗→しぇいどちゃん
◇
プレイヤー名・〈煉〉──本名・〈猫宮英〉はデスゲーム後の処理の諸々、つまり治療を拒否した。
確かに、英はアイスピックを肩で受け止めていたため一般常識からするとかなりの大怪我をしていたが、止血技術のお陰で特に大したことはない。組織の再生がすこぶる早いのも止血技術の特長だ。それに名前の通りすぐに止血されるわけで、例え泥水を被ったとてありとあらゆる菌やウイルスが体内に侵入することもない。
しかしそれはあくまでこの世界での話。日常において、英の怪我はすぐにしかるべき機関に強制連行しなければならないものだ。
そんな負傷者がそのまま街にいたらどうなる? もしその大怪我が大したことがない、先程やりましたという風貌の傷口から流れる血液がすでに止まっていると気が付かれたらどうなる?
──ほんの片鱗でも、この技術が流出されることは許されない。医療の進歩なんてものじゃないレベルの技術。怪我を大したことではなくする技術。それは人の命の価値を下げてしまう。世の倫理を変えてはいけない。世の中には使ってはいけない技術もあれば、知られてはいけない技術もあるのだ。
よって、英は治療を受けねばならなかった。かすり傷程度ならまだしも、英のそれはその範疇を超えている。
しかし英にとってはそんなこと、知ったこっちゃなかった。
英は頼み込んだ。もしそれでも無理と言うのなら逃亡してやろうという心持ちですらあった。
若い医者──ちなみに英の隣人である──は、困ったような対応を取った。これは押したら行ける気がする。そう思った英はさらに頼み込んだ。
「……特別ですよ? ……あと、他の方には秘密にしてくださいね」
結果、医者が根負けした。しかし医者は、甘さを引き金に取り返しの付かないことを起こしてしまうタイプでは決してなかった。頭が良い故にそういう線引きは出来る人物だった。それでも許可を出したのは、ひとえに猫宮英という人物にある。
英の頭がよく回ると言うことを医者は知っていた。彼は傷を隠さないといけないということくらい分かっているだろう、という確信があった。そしてそれを上手くやれる要領があることも知っていた。だから、許可を出したのだ。
医者は英にガーゼと包帯、そして椅子から立ち上がりクローゼットに向かい、コートを取り出して英に渡した。傷を隠すためだ。
英はお礼を言い、足早に部屋を出た。
「……これ、給料減らされるかなぁ……」
医者は一人になった部屋で、いつも減給されている先輩医者の姿を思い浮かべた。
──みっともない姿しか写し出されなかった。ああはなりたくないなと医者は思った。
◇
英は焦った。──永遠の家を知らない。ゲーム運営なら知っているであろうそれは、流石に教えてくれないだろうことは知っていた。どんな事情があれそれを教えてしまうようなら運営は信用するに値しないだろう。
あいつの秘密主義がここに来て最悪な影響を与えている。どうすれば良い。
──推理するしかないだろう。頭を動かせよ。俺は頭が良いんだろ。
永遠の発言や情報を思い出せ。あいつはどこに住んでいる? 情報が少ない。あいつは自分のことを話さなすぎる。くそ。あいつなんでもっと自分のこと話さないんだよ。
頭が急速に回転し、思考の海に意識が沈んで行く。心の焦りとは裏腹に、頭は冴えていく。些細なことでも良い。些細なことしか手掛かりがない。
英は物事を〈逆算〉して考える人物だった。それが、今回は少し、不利に出た。目的が決まっていない──永遠の住んでいる所というゴールが全くわからないこの状況で、逆算思考はその利点を十全に発揮出来なかった。
しかし英は逆算思考の持ち主とは言え、頭が良いことに変わりはなかったため、逆算でない考え方も出来る。それゆえ、ある程度までは絞れた。絞れた場所を目的と仮定して逆算して考えれば良い。遠回りにはなるが、数秒の時差がある以外のデメリットはない。
──しかし、情報が少なすぎた。一つに絞ることが出来なかった。一つに絞れないと、わからないも同義だ。
どっちだ。〈海浜町〉か〈枯野町〉──おそらく、このどちらかだ。しかしどちらか断定出来ない。
英は心の焦りが増幅していくのを感じた。嫌な汗が背中を伝う。少しのミスさえ出来ない。自分の命を懸けているとき非にならないくらい、間違いに恐れていた。
まずい。まずい。落ち着け。焦るな。まずい。間違えたら、間違えたら、取り返しのつかないことに。
タイムリミットももうない。そろそろどちらの方向に向かう気を運転手に伝えないといけない。どっちだ。あいつはどっちに住んでいる。海浜町と枯野町は隣同士とはいえ、海浜町なら永遠は南西側に住んでいるだろうし、枯野なら西側に住んでいるだろう。そして海浜町は枯野の南側に位置する。二つの町はどちらともそこそこ広い。つまりかなりの距離がある。間違えたら終わりだ。
落ち着け。冷静に考えろ。考えられるわけがないだろ。大切な親友の命がかかっているというのに。
どうする。タイムリミットはあと一分だ。あと一分で二つの町の分岐点に着く。あいつはどっちに住んでいる? ──いや、あいつなら。あいつなら、どっちに住む? あいつが好みそうなのはどっちだ? それくらいわかるだろう、この一年毎日のように会ってるんだ。あいつが好みそうな雰囲気は多分、海浜町の方だ。理由を詳しく言えと言われたら難しいが、それは確実だろう。間違える筈がない。じゃあ、そっちに。
──それは勘だった。勘としか良いようがない。そっちじゃない、そんな声が背後でした気がした。幻聴だ。確率的には海浜町の方が高いだろう。そんな不確かなものに惑わされるな。──惑わされるな? 違うだろ。違う。俺はなんで今までデスゲームで生き残ってこれた? 頭が良い? 身体能力が高い? 違う、根本はそれじゃない。デスゲーマーにとってなくてはならないもの──勘と運が、備わっていたからだろう。
堪に頼れ。不確かなものに縋れ。お前が今その手で掬おうとしているものはそれくらい不確かで儚くて、触れたら消えてしまいそうな存在だろう。
英は声を出そうとした。出なかった。声帯が強張っていた。勘に頼るのが怖い、なんて、初めての経験だった。勘を信じて違っていたら恐ろしくて堪らない。でも、恐怖に囚われて、何も出来ずに終わって。お前はそれで良いのか? ──良いわけないだろ。出ろよ声。英は恐怖を無理矢理振り切った。
「── 枯野町に。……枯野町の少し北よりの西側に、向かってください」
◇
〈花火〉──本名・〈朝日奈永遠〉はゲーム終了後、呆然としていた。ゲームをクリアする気なんてなかったからだ。なのにクリア、してしまった。──もう、生きたくなんてないのに。
どうすれば良いんだ。死にたい。ぼうっと周りを見渡したが、死ねる要素なんてなかった。
そのまま茫然自失としたまま、永遠は為されるがままに車で家へと輸送された。
それから永遠は自宅に着いて、鍵を開けて、鍵も閉めずに地面にへたり込んだ。しばらくそうしていた。
それからどれくらい時間が過ぎたのかはわからない。永遠は時計の針を見た。もうすぐ長針短針共に、零を指す。──やだな。もう二十になってしまう。
もう、死んじゃおう。自殺はずっと避けてきた。また誤解で、取り返しのつかない迷惑をかけたくなかった。それがずっと永遠を縛っていた。死にたい、死なないといけない、自殺しては駄目、死ねない。そんな相反する思考が一種の強迫観念のように永遠をがんじがらめにしていた。
でも、それももう、耐えられない。耐えられないんだ。
永遠は台所に向かい、ナイフを手に取った。これなら確実に死ねる。
永遠の身体には既に止血技術が施されていたわけだが。──止血技術について、永遠はある程度の知識を所有していた。知り合いから聞いたことがあったからだ。止血技術で大抵の傷は致命傷ではないが、どうともならない部位もある。その知り合いは言っていた。
知り合いが言った致命傷の場所は三つだった。〈心臓〉〈脳〉〈頸〉──いかにもな場所だった。肺に関しては、すぐに塞がってくれるため呼吸が出来なくなることはないが、呼吸するたび痛い上に、やられ過ぎたら危ないため、準致命傷というような感じらしい。
つまり、頸動脈を深く切れば死ねるということだ。永遠はナイフを頸に当てた。ひやりと恐ろしく冷たい感覚がした。それをさらに深く押し込んで、引こうとして。
──そこで、ふと気が付いた。そういえば、英からクリップ、預かってたな。これを付けたままは流石に死ねないな。そう思って、永遠はクリップを髪から外した。取り外して、暫くそれを眺めた。
あいつ、私が死んだらどう思うんだろうな。多分、デスゲーマーなんてやってる奴なんだし、そもそもあんな性格なんだし。私のことなんてすぐに過去に置いていくんだろうけど。──ちょっとくらい、なんか思ってくれたらいいな、なんて。
まぁ、桔梗の話によるとあいつは私が死のうとしてることに気が付いていたらしくて、でも特に何もなかったわけだから。私にとってはたった一人の大切な親友でも、英からしたら重みとか、違うだろうし。
それが、少し寂しい、なんて思ってしまった。
──改めて考えても、英に限らず、私の周りってそういう奴ばっかりだな。皆、私が死んで、どれくらい心に留めてくれるんだろう。いや、私のことなんて早々に忘れられた方がいい。きっとそれがいい。これ以上、誰かに迷惑なんて与えたくない。だからこれは、寂しいことなんかじゃなくて、安堵出来るものだ。──なぁ、そうだろ?
永遠はクリップを机に丁寧に置いた。改めて、ナイフを握る。手が震えていた。──大切な人達のことを考えていたら、それを失ってしまうことが怖くなってしまった。いや、大丈夫だ。あくまで私が死ぬだけ。皆の世界に私がいなくなって、私の世界に皆がいなくなるだけ。それだけの話なんだ。
今さらなんだ。早く死んじゃえ。死ね。死ねよ。こんな人間、こんな器なんて、とっとと消えてしまえ。
ナイフを押し当てた。強く、強く、間違っても死に損ねることなんてないように、深く、押し当てた。
──さぁ、引け。
ぐ、と手に力を込める。動かそうとして、
「──っ永遠!!」
「──へ?」
寸前のタイミングで、阻止された。
◇
それは、数多の〈偶然〉が重なった結果だった。
桔梗が煉のクリアを手伝っていなかったら。煉のゲームクリアは遅れて、英の到着は間に合わなかった。
医者が英が治療を受けないことを許可しなかったら。治療に時間がかかって、これまた英の到着は間に合わなかった。
運転手が車を止めた位置が偶然、永遠の住むマンションの近くではなかったら。これも、これまた英の到着は間に合わなかった。
永遠の手にアイスピックが渡っていたら。永遠は既に自殺していたであろう。
永遠の知り合い──彼の弟子のような存在──が、なんとなしの雑談で〈頸〉が致命傷になることを言わなかったら。永遠は確実性を狙い、心臓を刺そうとする──つまり、強く押し込んだ時点で死んでいた。
英が永遠に猫のクリップを渡していなかったら。永遠の自殺が一度止まることもなく、死んでいた。
裏を辿り遡ればそれだけではないかもしれない。
ともかく、数多の人間のちょっとした行動と偶然により、永遠は生かされたのだ。
◇
「なん、で……え?」
永遠は目の前にいる親友──英の姿を見て、呆然とした。
ぐい、と。その隙に永遠は英に腕を掴まれ、押し倒された。身動きを取れなくされた。手からナイフがこぼれ落ちた。
「お前っ、お前、何してんねん……っ!?」
怒ったような悲しんでいるかのような、そんなごちゃ混ぜになったような表情で英は永遠を問い詰めた。
「な、に、って」
永遠は言葉を止めた。何を言えば良いのかがわからなかった。
「……しにた、くて」
何の飾りっ気もない、何も隠さない、本心そのままの言葉が永遠の口から漏れた。それを抑制できないほどに、彼は追い詰められていた。それは今にも消えてしまいそうな声だった。
英の動きが止まった。しばらくして、そして。
「っお前……ふざけんなよ!!」
それは永遠が聞いた中で、一番大きく感情的な英の怒鳴り声だった。びく、と永遠の身体が英の声に驚いて跳ねた。
「勝手なこと抜かしてんなよ、お前が死んだら……っ」
英は行き場のない感情をそのまま吐き出すように言葉をぶち撒けた。
「お前が死んだら、俺も死ぬから」
英はそんな宣言をかまして、永遠の瞳を真っ直ぐ射抜いた。
永遠の赤い瞳が揺らいだ。
「へ……え、な……ぅ」
永遠は今、頭の整理がついていなかった。
そもそも、彼はずっと頭の整理が出来ていなかった。
永遠は英とは逆で、順算思考を主とするタイプの人間だった。少しの情報から膨大なことを推測していく。そして昔よりはましなものの、彼はそれの制御を完全に出来ていなかった。
整理しても整理しても、次々に流れ込んでくる情報が、そして彼の優秀な頭脳が生み出していく新たな情報が、彼の思考を止めることはなかった。
そんな彼がずっと制御出来ていなかったものがあった。希死念慮だ。彼のそれは今に始まったことではない。学生時代からずっと、彼はそれを抱いてきた。
彼は〈生きることに意味を感じられない〉という理由でその願望を持っていた。しかしそれは親や周囲に押し込められていたことによるアイディンティの喪失、思春期特有のニヒリズムによるもので、上手くやれば解消されうるものだった。
実際現在彼の周囲はかなり良いものとなっているので、もし上手くやっていれば本当にその問題は完璧に解消されていたであろう。
しかしそうはならなかった。彼は中学時代のとある一件のせいで、まるで強迫観念のように、自分は死ななければならない、死にたい、そう強く思う気持ちを拭えなくなってしまった。
それはもはや刷り込み、一種の洗脳だ。死ぬことは既に手段ではなく目的にすり替わってしまっている。
そんな彼は今まで自殺という手段を持ちいらず、出来るだけ他者に殺められようとしていた。デスゲームに巻き込まれるのを拒否しようと思えば出来るのにそれをしなかったり、殺し屋だのなんだのの騒動に主立って対処したり、命の危険を伴う護衛任務に付いて行ったりなど、そんな一般人らしからぬことに参加してきたのも、全て死ぬためだった。
彼は自殺を避けてきた。それは過去のトラウマに起因する。
彼は自分が自殺することで親しい人間に取り返しのつかない迷惑ををかけることがトラウマだったのだ。
「な………ん……ちが……」
──なんで。死ぬ? 誰が? 英が? なんで? 俺のせいで?
冷静さに事欠いた永遠は、英が言った言葉をそんな風に捉えてしまっていた。
「……永遠?」
英は永遠の様子が急におかしくなったことに気がついた。呼吸が乱れている。過呼吸だった。
「……ちが、ごめ、ぅ、ごめ、なさ……っ」
しかも、涙を流している。明らかに様子がおかしい永遠の姿に、英は困惑した。
「っは、おま……え、なん……あーー……ご、ごめん。びっくりさした……ごめん、急に怒鳴って、ごめん」
しばらく戸惑った後、英は永遠の身体を起こし、優しく抱きしめるという行動をとった。そして何も言わず、ただただ永遠の背中を優しく撫でた。
「ひっ……ぅ……ぅぁ……うぅ……」
ぎゅう、と永遠は強く英に抱きついた。何かを抑えるように、留めるように強く縋り付いた。英はそんな永遠に応えるように同じくらい強く抱きしめた。
──それはずっと英が気が付かないふりをしていた問いだった。親友が何かを抱え込んでいて、おそらく過去に何かがあったことなんて、英はとっくの昔から気が付いていた。でもそれを訊いて仕舞えば何かが変わってしまうような気がして、ずっと知らんふりをしていた。
こんなことになってしまうなら、もっと早くに訊いて、問いただして、全て吐き出させておけば。
でも、これ以上取り返しのつかないことになってはいけない。だから英は、今まで訊かないでいたその質問を、永遠に投げかけた。
「……なぁ永遠。……お前昔何があったん?」
かなり時間が空いた後。英は言葉選びを間違えないように慎重に、そう問いかけた。
◇
英の腕の中でしばらく泣いて、その温かく優しい体温に身を委ねて。少し、気持ちが落ち着いた頃。
「……なぁ永遠。……お前昔何があったん?」
そう英に、訊かれてしまった。永遠の身体が強張り、英の背中に回していた腕に力が籠った。
──全部吐き出して楽になっちまいたい。言いたくない。英にあのことは知られたくない。相反するそんな気持ちが永遠の頭をガンガン揺らす。
言って何になる? 言ったってどうもならないどころかむしろ。楽になりたいだなんて何だ。楽になってどうなるって言うんだ。まさか性懲りもなく生きるつもりなのか? 死ななきゃなんないんだろう、今すぐ死にたいんだろう。
じゃあわざわざ言う必要なんてないじゃないか。
「い……言いたくない」
声が震える。さっきからなんだよ。お前は何に怯えてるって言うんだ。
永遠は目線を下に落とした。変わらず、英に抱き締められたままの体勢だった。
永遠の身体の力は既に抜けていて、完全に英に身を委ねている状態だった。それに合わせるように英も永遠を優しく抱きしめるだけで、抜け出そうと思えばいくらでも出来る状態だ。
逃げ出したい、遠くに行って消えてしまいたい、そう思う心とは裏腹に身体は全然動かなかった。
なんで。離れなくちゃならないのに。ねぇ、今更何を怖がってんの。
身体が急に動いた。身体を起こされた。
「言って」
抱き締められる形から、右手を腰に回され、頬に当てられた左手で顔を固定され、そうやって身体を支えられる形に変化していた。
至近距離で顔を覗き込まれる。英の澄んだ翠色の瞳に、全てを覗き込まれてしまっているかのような気分だった。
言葉がない時間がしばらく続いた。永遠は英の瞳から目を逸らせずにいた。それは永遠にも思える時間だった。
その永遠を破ったのは英だった。
「そう。……じゃあなんで言いたくないの? ……俺でも永遠に踏み込むのは早いかな。早かった、かな」
英に掴まれる手に力が籠ったのを永遠は感じた。先程よりもさらに、深く深くを覗き込まれている気がした。
「……俺は遅かったと思ってる。もっと早くに永遠のこと聞けば良かった。気付かんフリなんかしぃひんかったら良かった。永遠のこと解ったつもりで、つもりだけで、何も解っとらんのよ俺は。これ以上永遠のことで後悔したくない。今ここで俺が永遠のこと諦めて、永遠がまた死のうとした時のことなんか考えたくない」
英は真剣に永遠を見つめた。そして、それを一瞬逸らして。
「……ここ最近俺以外の人と会うてへんでしょ。皆から聞いたよ。他の仲ええ人らやったら永遠の死にたい気持ちに勘づくと思ったからよね」
英はそう続けた。しばらく間が空いて、英は再びしっかりと永遠を見据えた。
「……じゃあさ、次。次、永遠が自殺に踏み切るときは俺のとこにも来てくれへんくなるんでしょ。俺が今回勘付いて止めにきたから。……そんなん、あんまりやないかな。俺、もう二度とこんなん御免やよ。今回は偶然違和感に気付けた。偶然デスゲームの招待をもらって、参加出来た。そこで偶然、永遠のこと見つけた。……分断されたのはまずった」
過去の後悔を噛み締めるように、英は一瞬、俯いた。永遠に触れるその手が、震えているような気がした。
「……でもその後、偶然〈桔梗〉は協力してくれて、俺は早めにクリア出来た。治療に関しても偶然見逃してもらえて、永遠の家も偶然自分の勘が当たって。タクシー乗ってきたんやけど、降ろしてもらった場所も偶然この近くで、走ったら間に合った。……こんなに〈偶然〉が重なってんの。このお陰で、今永遠と話せてる。……次またこれ以上の奇跡、起こせる気ぃは流石に俺でもしやんかな」
英のその言葉は永遠を説得しているようでいて、自分を落ち着かせているような。そんなものが含まれているようだった。
「多分永遠は気付いてへんけどね。俺実はめちゃくちゃ怖かったんよ。俺が間違えたら永遠が死ぬ、って思ったら声、出んくて」
へ、なんて間抜けな声が永遠の喉の奥から漏れた。いや、それは声になっていなかったかもしれない。それは空気のように自然に、外へ漏れ出たものだった。
「……永遠の家ね。偶然、三日前に色んな人と永遠の家の話してて。だから絞り込めたたんやけど、それでも海浜か枯野で迷って」
「二個の町の分岐点で俺、海浜町、って言おうとして。でも、何かが聞こえてさ。……そっちじゃないって」
「結局、俺も死にそうな顔で運転手さんにお願いして。マンションの近くで降ろしてもらえたし、永遠の部屋からは何が見えて、みたいな話は覚えてたからすっごい走って」
「鍵閉まってたらどうしよう、って思ったけどとりあえず蹴破ったら開いてたし。……あぁ、これも偶然かもね」
そして英は矢継ぎ早にそう言葉を紡いだ。それはいつもの英の理路整然とされた文章ではなく、ただただありのまま素のままを書き綴った、という感じの文章だった。
「……まぁとりあえず。間に合ってよかったと思うてる。知り合いとか仲良い人多い永遠からしたら俺なんかちっぽけな存在かもしれへんけど、大した知り合いも居らん俺からしたら永遠は唯一無二やし、大切な親友なんよ。……あは、流石にここまでしたら判ってくれると思うんやけどどうやろか。これでも足りひんかな」
英は自嘲気味に笑った。そして。
「踏み込むのは、許してもらえんかな」
悲しそうな、困ったような、縋るような、そんな色々な感情でごちゃ混ぜになった顔をした。
英のその顔は、永遠にとって今まで見たことも、想像すら出来なかったようなものだった。
「おれ、は……そんなの、しらな……俺なんて、どうだっていいって、英にとって、大した存在なんかじゃ、なくて」
それを言った瞬間、ぐい、と英に顔を引き寄せられた。
「なに言ってんの。大した存在じゃなかったら、こんなに永遠のことで心が動かされへんよ」
もう少しでくっついてしまいそうなほどに、近い距離に英の顔があった。
「ぅ……でも、言いたくない……」
それを言った瞬間、英は悲しそうな顔をした。
「……永遠は、俺には踏み込まれたくない?」
英はそう言って、今度は絶対に逃さないようにと言った風に永遠を抱き締めた。
英の顔は永遠には見えなかった。
永遠は言葉を紡ごうと、口を開いた。
「……英のこと、大切だよ……。別に恋愛感情なんてあるわけじゃないのに、他の人に嫉妬しちゃうくらいには、私は。……ごめん、こんなの引くよね。……私、依存しちゃってるんだよ。……ごめんね、こんな迷惑なのぶつけて。……ごめん……」
「謝んないで」
しかし英の声は、言葉は、どこまでも優しく全てを受け止めてくれるようなものだった。
こんな気持ちも全部受け入れてくれるって。そんな期待を、してしまうじゃないか。
「……もう、忘れてよ……。今言ったことも、私のことも、全部。……失うのがもっと怖くなっちゃう前にさ。これ以上なんか言われたら、忘れられるの、辛くなるんだよ……」
口から、喉から、心から、言葉が溢れてくる。ああ、こんなこと言うつもりなんて、なかったのにな。
「……やだったんだよ。全部失っちゃうの。今さら怖かったの。大学だって休めばいいのに。そうしたら良かったのに。でも、そうしたら繋がりが完全に消えちゃうって思って、出来なかったの。……これから死のうとしてる人が何言ってんだろね」
そうだよ。気づかないふりしてんなよ。怖かったんだよ。怖いんだよ。
「誰にももう迷惑かけたくないなんて思って行動してるくせに、忘れられたくないなんて。自分勝手なんだよ……傷つけたくないなんて言ってるくせに、傷跡残せなかったら悲しいなんて思って一人で勝手に苦しんでるんだよ。……結局、自分本意なんだよ」
本当、こんな自分に反吐がでる。
「でも、どうせ忘れられるんなら。長引かせたって、余計にさ。……だから、もう忘れて……私を置いてって……」
永遠は心のものを全部吐き出した。
すると。英に、優しく、大切な壊れものを扱うように優しく、抱き締められた。
「置いてかないから。……どこまででもついてくよ。……死ぬの前提に話さないで」
英は優しい口調でそう永遠に語りかけて。
「永遠は引くとか迷惑とか言ってたけどね。俺嬉しかったよ。永遠から大切に思われてるって。……それでも、話すのは嫌?」
英は優しく尋ねるように永遠に問いかけた。永遠は英の言葉を飲み込むのに少しだけの時間を費やした。
「……嫌われたくない、から」
永遠はゆっくりと、そう溢した。言いたくない理由も、本当は迷惑をかけたくないとかじゃなくて。こんなしょうもない、理由だ。
でもそれが、そうなってしまうことが、永遠は本当に怖かった。
「嫌わないよ。……嫌うわけないやんか、俺が永遠のこと」
「で、も」
英の身体が永遠から離れた。再び永遠の瞳を真剣に、訴えるように見つめて。
「絶対に嫌いになんてならない。……嘘じゃあらへんよ」
そう、強く言い切った。
永遠の瞳が揺らいだ。
「……ほんとに、嫌いにならない?」
永遠は縋るように、英の瞳を見た。
「ほんとに。……たとえ永遠が過去に何やってたとしても、俺は永遠を嫌える自信なんてないよ」
英の瞳は揺るがなかった。
永遠は俯いた。
「……私ね。母親を、殺してるんだよ」
◇
「……俺、片親だったんだけど。お母さん、過保護な教育ママ……モンスターペアレント、って感じの人で。……そんで、自分の理想を押し付けてくるタイプでもあったの。俺のこと心の底では、育成ゲームのキャラみたいに思ってたんだよ。大事とか言っときながら薄っぺらくて。結構可愛いのは子供に尽くしてる自分自身で」
永遠は、自分の過去を語り出した。
「……俺の気持ちなんて考えられたことない。……俺は頭が良いから、勉強に関してなんか言われることはなかったんだけど。……そうじゃなかったら多分、これだけお金かけてるのにとか世間の教育ママらしいこと言われてたんだろね」
過去を語る永遠の顔は苦いものだった。彼は自身の母親を、心から嫌悪していた。
「……俺、ちっちゃい頃よく倒れてたの。ずっと頭回りすぎて。思考止まんなくて。……身体がついていけてなかったの。…‥でもそんなの当時はわかんなくて。でも自分の身体が弱いわけじゃないのは知ってた。でもお母さんがそんなの聞いてくれるわけなくて。だから習ってた体操もやめて、体育はずっと見学してた。倒れて怪我したらすぐ学校に詰め寄るから、先生とかにも俺のこと面倒って思われてた」
思い出しては話して、話しては思い出して。その繰り返しだった。
「……逆効果なことばっかでしょ。運動したら頭の整理、つきやすいっていうのにね。偏った知識もある人でもあったから、日光に絶対当たらないようにとかもされたな。……適度に当たらないと骨が弱くなるってのにね。……ずっと家でピアノ引いてたよ。あと、プログラミングとかもしてたかな……。部屋でこっそり身体動かしたりもしてた。……そんな、せまいとこで育ってきてさ」
話していくうちに、頭がぐちゃぐちゃになっていきそうで、それを抑えて。それの繰り返しでもあった。
「俺は頭が良かったから、嘘はすぐにばれちゃうって思ってたから、逃げ道もなくて。……とある子に、大人は案外簡単に騙せるんだって言われなかったら、多分ずっと逃げ道なかったんだろうな……。……そう言われてからね。夜中にこっそり外に出たり、パソコン使ってハッキングの練習してみたり、色々したんだけどね。……気持ちも、軽くなったし」
そのことを思い出しているときだけは、永遠の辛い気持ちが和らいだ。心を落ち着けられた。
「……でもね、変わんないの。結局、全部気の紛らわしで。……何もなくて。生きるのに意味なんて感じられなくて、生きるのが楽しくなくて。……先が見えたかったの。お母さんは俺のこと理解してくれてなかったし、学校だって。……英みたいに仲のいい友達とかも、いなかったし」
でもその落ち着きはすぐに終わった。
「……だから死のうとしたの。……一回は失敗して、二回目は薬飲んで……でも、目が覚めたら病院で。そっからさ。俺のお母さん、先走って。学校も皆俺のことなんて置いてって話進めて。勝手に俺の気持ちなんて今更考えられて、しかも間違ってるし」
感情的になりそうなのを、抑えつける。みっともなく感情的になんな。
「……友達……クラスメイトが、いたんだけどね。席も隣で、結構話してたし……窺うように接してくるだけとか、俺のこと、すぐに倒れる〈特殊〉な奴としか思ったなかった他のクラスメイト達とは違って、ちゃんと俺を見て話してくれたし、学生特有のノリとか、俺との間でもやってくれるような人で」
決して悪い記憶じゃないだろうに、それを語る永遠の顔には罪悪感で押しつぶされたようなものが浮かんでいた。
「……でも、お母さんも学校も、そのクラスメイトが俺をいじめたとか、傷つけたとか、死に追いやったとか、決めつけて。……クラスメイトもそのときの俺の反応なんて見てもなくて、確かにそうだったかもなんて上辺だけのことだけとって証言して。誰も俺の意見を聞いてくれなかった。自分の気持ちに蓋をしてるだけだって。……俺のことちゃんと見てもないくせになんでそんなことが言えるんだよ……。……違うのに」
泣きそうになるのを堪える。それで、少し間を開けて。
「俺は馬鹿じゃないんだから、利用されてるだけだったり悪意があったりしたら気付くよ……」
抑えきれなかった感情が漏れ出すように、永遠はそう言った。
「……それで、その後……お母さんに言って。違うんだって。でも聞いてくれるわけなんてなくて、言い合いになって。……突き飛ばしちゃって。……俺の力、思ってたよりも強かったみたいで。……打ちどころ、悪かったみたいで」
その部分を話す永遠は、どこか淡々としていた。
「そっからは……正直あんまり覚えてない……。多分、上手く事故に見せれるようにやったんだと思う。それが出来るだけのスペックが俺にはあったし」
永遠は少し目を逸らした。
「……俺さ。人殺すの、本当に無理なんだよ。周りがデスゲーマーで、殺し屋で。それになんとも思わないし、死体見たってどうってことないのに。……自分で殺すのだけは本当に無理なの。……でも、それは当時のこと色々思い出しちゃうからで。俺は母親を殺したこと自体は、なんとも思ってないみたいなんだよ」
これは桔梗にも言った言葉だ。それに永遠は理由を付けた。
「子は本能的に親を嫌えないってのも、俺にはないの。少しは情があるとかそんなのもなくて、今もずっと、自分の親のこと、気持ち悪い存在としか思えなくて。……英、家族を大切にしない人、嫌いなのに。……私は英の嫌いな人間そのまんま、なんだよ……。……だから、言いたくなかったの」
永遠は俯いた。英の顔を見るのがどうしようもなく怖かった。
「……そんなことで俺が永遠を嫌いなると思ったん?」
英は永遠の頬に手を当てて、強制的に自分と目を合わせた。
永遠が見た英の顔には、嫌悪も忌避も何も宿っていなかった。
「……俺、たとえ永遠が故意に永遠のお母さんを殺してたとしても永遠のこと嫌いなられへんよ。……俺はデスゲーマーやし、倫理観ズレてんのもあるんかもしれへんけど……そんなんよりも俺にとって永遠がほんまに大切ってことの方が大きいかな」
英はそう言った。とても嘘を言っているようには見えなかった。
「永遠の話聞いて、それは親とか周囲が悪いと思うし。……永遠、そういうので自分の都合で話曲げたり、主観的な視点で事実と違った風に言う人やないやろ? それに永遠が好きになられへん親って相当やと思うよ」
英はそう続けた。英のその言葉は永遠の頭と心にすっと沁み込んだ。
「そのクラスメイトだってさ、永遠が悪いわけやないやんか。そのクラスメイトも、ちゃんと永遠のこと見てたんやったら、永遠が悪いわけやないのはわかってると思うよ。……これはちゃうかったかな。永遠は自分が悪くなってる状況が辛いわけやないもんな。……迷惑かけたことが辛いんやろ? でもその迷惑をかけたんは永遠じゃないよ。だからそこまで抱え込まんとって」
英はそう頼むかのように言った。英の言葉に、自分の何かが変えられてしまいそうな感覚がした。
「……なぁ、永遠が死ぬ理由、今はあんの? 今も先が見えない? 何もない? 今は楽しいって感じることない? それに今は永遠のこと理解してくれる人、いっぱいいるやろ。俺だってそうやんか。……俺は永遠の生きる理由になられへん?」
英はそう言葉を投げかけ、続けた。
「……永遠さ、死ぬことが手段じゃなくて目的にすり替わってへんかな。死なないとあかんって思ってへん? 混乱、してるんじゃないかな。……永遠が死ぬ理由、もうないよ。だから死なないで」
英が縋るように言ったその言葉に、永遠は脳天を貫かれたような、そんな気がした。
──英の言う通りじゃないか? 私が死ぬ理由って、もう。混乱してただけなのか、私は。じゃあ自殺はやめて。──そんな簡単に切り替えれるか。私が何年この希死念慮に囚われてきたと思ってんの。そんな簡単なことじゃないんだよ。今だって、そうやって今までのこと正されたって変わらず死にたいなんて思ってる。簡単に治んないよ、こんなの。
「……無理だよ。そんな簡単に気持ちなんて、変わんないよ……」
ああ、あぁ。泣いてしまいそうだ。もう泣いてるんじゃないのかな。わかんない。わかんないよ。
なんで突き放してくれないの。本当に突き放されたら悲しむくせに? 受け入れられて嬉しいくせに。結構何がしたいんだ、お前は。
それがわかれば苦労しないんだよ。教えてよ。
「……永遠は俺が命に変えてでも守りたい存在やの。……だからほんまに、死なんとって」
「……へ」
変な声が出た。命に変えてでもって。……そんなの、そんな言葉、卑怯すぎる。
「……そう言われても、気持ちも頭も心も、全部整理なんてつかないよ……」
思わず、縋ってしまいそうになる。──私の心を、全部掬い上げて欲しい、なんて。
「じゃあ、ちょっとずつ。……ちょっとずつで良いからさ。生きて、それでちょっとずつ、整理していくのじゃあかん? ……俺だって、手伝うから。……それに他の皆もそうやろ。永遠は自分がどれだけ周りに好かれてるか、自覚してよ」
あ、なんて言葉が出た気がした。
「……生きてたいって、今は思えなくても、いいの……?」
そう言おうと思ったわけじゃないのに、自然とそんなことを言っていた。
「ええよ。……だから、生きてよ。後悔とかさせへんから」
涙が頬を伝った気がした。
「それと、さ。……永遠、誕生日おめでとう」
時計の針は既に、零を過ぎていた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。