第37話

 - Story - 〈クランク・ラビリンス〉──後篇
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2026/02/25 11:00 更新
〈物語は前のチャプターから始まります。先にそちらの方をお読みになられてからご覧ください〉






 ◇


「…………桔梗キキョウさんは何でデスゲームやってる……んですか?」

 レンと別れた後、沈黙が気まずくなった花火ハナビ桔梗キキョウにそう話題を持ちかけた。タメか敬語か、どちらで接すればいいかはわからなかったようだ。

「別にタメでいいですよ……私の敬語は癖ですし。さん付けでも呼び捨てでも呼びやすいのでどーぞ」

「あっうん……わかった」

 桔梗キキョウが毅然とした態度なのに対し、花火ハナビは少しぎこちなかった。猫を被っていたり演技をしていたりすれば話は別だが、素の花火ハナビはこんな感じだった。

「で、私がデスゲームをしてる理由ですか。……そうですね、普通にお金稼ぎですね。そこそこお金かかる趣味持ってますし……何より普通の仕事とか無理なんで」

「そうなの? ……毒舌自然に出ちゃうとか?」

「別に黙っとくくらい出来ますよ。でも、意味わかんないこと言われてただただ何も言わず従うとか無理なんで。性格がどうであれちゃんと有能な人なら別に従えるんですが。……権力に胡座を掻いて無能で威張ってるやつに従うとか無理なんですよねー。思わず手が出そうになります。……まあ、手を出す前にちゃんと辞めれますので本当に暴力を振るうことはないでしょうが」

 それに有能な上司しかいないような一握りの場に入れるような頭脳もスペックも持ち合わせてませんし。そう桔梗キキョウは言った。
 花火ハナビは自身が知る他のデスゲーマー達を思い浮かべていた。彼ら彼女らは、皆。

桔梗キキョウ……もデスゲームが好き……とかあるの?」

 花火ハナビが知るデスゲーマーは少なくとも今のところ、程度に差はあれど皆一様にデスゲーム中毒だった。なるべくしてデスゲーマーになった奴らばっかりだ。

「はぁ?? そこらの中毒者と一緒にしないでください。別に好きでもなんでもありませんよ。これしかなくて仕方がなくってだけです」

「あ、そうなんだ……」

 桔梗キキョウはうぇ、と嫌そうな顔をしてそう答える。花火ハナビは不躾なことを訊いてちょっと申し訳ないなと思った。

「で、花火ハナビさんはこれ何回目ですか? 身体能力とかそこそこ高そうなので素質ありそうですけど、素人って感じしますし。初参加ですか? でもさっきの質問からしてデスゲーマーについては一定の知識ありそうですよね。なんでなんですか」

 今度は桔梗キキョウ花火ハナビに問うた。

「私は三回目だよ。二回は成り行きかな。知り合いにデスゲーマー多くて……ゲームで知り合ったのは一人くらいだけど、あと五人以上は知り合いいるし」

 改めて数えてみて、知り合いにデスゲーマー多いなと思った。デスゲーマー以外もスパイだとか殺し屋だとかよりどりみどりだ。

「ゲームで知り合ってないのにそんないるんですか……その一人繋がりですか?」

「いや、普通に日常で知り合ってるかな……レンとかも大学繋がりだし」

「友達多いんですか?」

「いや、そんなに。仲良い人の半分くらいデスゲーマーだよ」

 なんなんですかその比率。桔梗キキョウは不可解なものを見る目をしていた。

「類は友を呼ぶってやつですか」

「いや……私デスゲーマーとか向いてないと思うよ? ……人殺すの、無理だし」

 花火ハナビはそう言って、少し目を逸らした。

「その割には死体の前で平然としてませんでした??」

「見るのはいけるんだよね。友達が人殺しでも倫理観なくても別に。……でも自分で殺すのだけは駄目で」

 まるで人を殺したことがあるような言い草だな、と桔梗キキョウは思った。

「デスゲームなんて場にいたら嫌でも殺さないといけないときありますけどね。私だって最初は吐いたりしましたし。今回人を殺すことがクリア条件のゲームとかじゃなくてよかったですねー」

「吐いたんだ……意外……」

 人を殺しても屁とも思わなそうなタイプに見えるのにな、と花火ハナビは内心失礼なことを考えた。

「そりゃあ、気持ち悪いじゃないですか。肉を裂く感覚とか、あの何とも言えない気持ち悪さ。吐きもしますよそりゃあ。まぁ、今は慣れましたが」

「あ、罪悪感はないんだ……」

「それは別になかったですねー」

 まあ、今は慣れていたりデスゲームを続けているあたり倫理観がズレているのは当たり前か。花火ハナビはそう思った。

「じゃあ、桔梗キキョウが初めて人殺したときはそういうタイプのゲームだったの?」

「いえ、違いますね。とある人に無理矢理させられました」

 桔梗キキョウはさらっとなんてことのないことのように言った。

「え。無理矢理って……」

「えぇ。──こんな風に」

 そう言って桔梗キキョウ花火ハナビの背後に回り、後ろから抱きしめる形で花火ハナビの手にアイスピックを持たせ手を握る。

「まあ、武器はアイスピックじゃなくてナイフでしたが。こんな感じで耳元で優しく囁かれました。プレイヤー名じゃなくてわざわざ本名呼んで、ですよ。まるで人心掌握の洗脳術ですよ」

 そう言って桔梗キキョウ花火ハナビの耳元で囁く。急にそんなことをされた花火ハナビは少しどきっとした。大胆だなと思った。桔梗キキョウも、桔梗キキョウが言う人も。

「……かなりやり口えげつないね」

 花火ハナビ桔梗キキョウから目を逸らしつつ感想を述べた。悪質ホストまがいのそのやり口もそうだし、その他もこれは色んな意味で心臓に悪いと思う。

「そうですね、あの人ほんと頭おかしいと思いますよ。……ま、今となってはそれで良かったと思ってますが。何ならその人に感謝してるくらいですよ」

「え、そうなの?」

「えぇ。デスゲームにおける殺人って良くも悪くもあっさりしてる場合が多いんですよ。劇的なドラマを経て人を殺すことに至って、なんてそこまでないんです。覚悟を付ける猶予なんて与えられないことがほとんですから」

 だから人殺しを忌避してるとゲームを続けていくうちに慣れとも合わさってあっさり死んでしまう確率が高いんですよね。桔梗キキョウは続けた。

「昔の私みたいに回数は数回こなしていてでも殺したことはないって人は危ういんですよ。人を殺す選択肢は念頭にないけどゲーム慣れしてきてるという隙が生じてしまうので。……まぁ、花火ハナビさんの場合、別にゲーム慣れは別にしてなさそうですから大丈夫でしょうが……」

 油断とかしてなさそうですし。桔梗キキョウはそう言った。

「だからあの人の行動はむしろ私のためで──」

 桔梗キキョウはそこで言葉を止めた。気配がした。

「……いるね、三人くらい」

花火ハナビさんもわかるんですか。……そうですね、敵意──殺意を抱かれてますね」

 花火ハナビ桔梗キキョウは声を小さくした。
 デスゲーマーとしては素人なのにこういうのに気が付ける。デスゲーマー以外の裏社会系の雰囲気を纏っている雰囲気もない。──つくづく変な人だな、と桔梗キキョウ花火ハナビに対して思った。

「……どうするの?」

「まずは話してみることですかねぇ。その後は知りません。ま、私が対応してあげますよ」

 桔梗キキョウはそう言って、一歩前に出た。


  ◇


 どうしようか。桔梗キキョウは考えた。距離にして数歩先、曲がり角にいる。姿を表してみるか、声のみかけてみるか。
 ──逃げられるのは好ましくないかもしれませんね。鍵持ってるかもしれませんし。
 姿を表してやることにした。

「さっきからこちらを見ているようですが、何か用ですか?」

 桔梗キキョウはひょっこりと顔を出した。クラスメイトに声をかけるときみたく、本当に気軽に。

「……やっぱり気付かれてたんだ」

 三人集団のリーダーらしき女が桔梗キキョウに返答をした。

「えぇ。わかりやすかったですよ。……で、要求は何ですか?」

 桔梗キキョウは好意的な態度を装いそう訊いた。

「……そのアイスピック。寄越してくれない?」

 女は桔梗キキョウの持っている武器を指差した。

「あぁ、これですか? ……これを寄越したら見逃す、ってとこですかね」

「そう。一時間経ってからそのトラップもなくなって、二本しか持ってないんだ、私達。……寄越してくれるよね?」

 その言葉は脅しだった。『こっちは三人、武器も二本持ってるんだぞ、無理矢理奪われたくなかったら大人しく渡せ』──そういう意味だった。

「……別に、なくたって大丈夫ですが……あった方が有利なのは有利なんで嫌ですねー。……それに」

 桔梗キキョウはにこりと笑って、言った。

「私の方が優位な状況なのに。従わなきゃいけない理由なんて一体全体、どこにあるって言うんですか?」


  ◇


 花火ハナビは引いていた。多分ドン引いていた。
 ──何が仕方なくだ。何がそこらの中毒者と一緒にしないでくださいだ。慣れた程度、別に好きじゃないけど利益が多いからってだけ、なんて態度を醸し出しておいて。
 どこの誰がどっからどう見たって、楽しんでるじゃないか。

「っは、っふ、あは、ふふ、んふ、っはは……っ、よくその程度の強さで喧嘩売ってくれましたね、んふふ……っ、よっわ……っふふ…………あはははっ!! 私の足元にも及ばないじゃないですか、多勢に無勢ってやつですかねぇ……! あっは、みっともな!」

 そしてよくこれでレンの加虐性癖をボロクソ言えたな、と思った。
 同類じゃねえか。

「んふ、ふふ、んん……っふ、ふは…………っ、今どんな気持ちですか?? 私のこと舐めてましたよね? 舐めてないならなんだったって言うんですか。あは、滑稽ですねぇ、ふふ……っ……あーー…………じゃあそろそろ死にましょっか」

 桔梗キキョウは急に静かに笑った。そしてリーダーの女の胸骨を踏み潰した。ばぎ、とくぐもった音を以って、そのプレイヤーのゲームは終了した。

「……で。まだやりますか? ここから早急に立ち去ってくれるのなら見逃してあげますけど」

 桔梗キキョウは隅っこの方で屁垂れ込んでいる残りの二人のプレイヤーの方に顔を向けた。両名とも片腕は使い物にならなくなっていた。桔梗キキョウがそうした。
 二人は腰を上げ、出来るだけ遠くに行くように逃げていった。

「……見逃してよかったの?」

 しばらく間が空いて、花火ハナビは問うた。

「復讐されるかもしれないのに……ってことですか? そんなことないですよ。むしろ逆です。今後ゲームであの人達は私に出来る限りは逆らえないでしょう? それにわざわざ見逃してあげたんですよ。感謝こそされど恨まれる覚えはありませんね」

 これがデスゲーマーの価値観か、と花火ハナビは思った。

「それにあれで心が折れたならあの人達は今後ゲームには参加しませんよ。私にとってあの人達を殺そうと勝手に死のうとプレイヤーを辞めようとどれも変わりませんからね」

 倫理観ないな、と花火ハナビは思った。先程桔梗キキョウは他のデスゲーマーよりかはちょっとマシなのかなとか思ったことを訂正したい。全然根っからのデスゲーマーだった。
 恐怖心を与えるためにわざと、の線もあるかもしれないと一瞬思ったが、その考えはすぐに消えた。
 あれは確かに心から笑っていた。親友が加虐性癖を表すときと似たような目をしていた。

「なんですかその目。失礼なこと考えてそうですね」

「君に言われたくないよ」

 やっぱりデスゲーマーは全員わけわかんないな。花火ハナビは思った。


  ◇


 それからしばらく歩き回って。花火ハナビ桔梗キキョウは扉を見つけた。扉には〈MAX 1 person〉と書かれていて、扉の上の壁には〈01:00〉と表示されたデジタル時計が設置されてあった。
 そして、何より。鍵穴がついていた。鍵が使える。

「ここは……花火ハナビさんとレンさんに会う前に通ったところですね。そのときはなかったはずですが」

 壁が生えると同時に表れたのか。桔梗キキョウは考えた。あの工事現場みたいな音もこれのせいか。

「まあでも、まずは鍵を見つけ」

「開けてみますか」

 桔梗キキョウは鍵を取り出した。

「えっ持ってたの??」

「えぇ、運の良いことにかなり最初の方に見つけました」

 桔梗キキョウはしれっとそう言う。まるで鍵を持っていないと嘘なんて吐いてませんよという態度だった。

「まあ細かいことは気にしないでいきましょうよ。これもデスゲーム術ですよデスゲーム術」

 そう言いながら桔梗キキョウは周囲を見渡し、自分と花火ハナビ以外に人がいないことを確認してから、鍵穴に鍵を差し込み、回した。確かな手応えと共に、カチャ、と音がする。鍵を抜こうとした。抜けなかった。

「鍵は消耗品ってとこですかね」

 桔梗キキョウは取っ手のレバーを押し込み、扉を開けた。冷たい、冬の空気が流れ込んできた。
 上の方から、ピー、と音がした。
 扉の上部のデジタル時計がカウントダウンを刻んでいた。

「時間制限付き、ってとこですか」

「そうみたいだね。〈MAX 1 person〉……一人しか出られないっぽいけど……どうやって制限するんだろ」

「この場合は──この腕時計ですかね」

 桔梗キキョウは右腕を指した。

「おそらくここから、電流が流れます」

 致死量かそうでないかは知りませんが、少なくとも気絶はするくらいには。桔梗キキョウは言った。早い者勝ちだ。一番早く出た一人以外がこの扉を通った場合、電流が流れる。今までのゲームからしても、その推測はおそらく合っているだろうと桔梗キキョウは考えていた。

 そしてそうこうしているうちにも、カウントダウンは進む。

「そろそろ出ないといけないみたいだね。じゃあ桔梗キキョウ、先に──いっ!?」

 花火ハナビ、本日二度目の背中への衝撃だった。当たった位置も面積も一回目とは違ったが、強い衝撃という点では一致していた。

 花火ハナビは振り返った。そこにはいかにも今蹴りを入れましたという姿勢の桔梗キキョウがいた。

「じゃあ、さようなら。──自殺志願者はお呼びじゃあないんですよ」

「は…………っ、なんで、知って──」

 花火ハナビは心底驚いて、目を丸くした。

「そりゃあわかりますよ、デスゲームにおいてゲームクリアを求めてない人がいたら簡単にわかりますし、そんな人なんて自殺志願者くらいでしょう? わかんない方がおかしくないですか。……それに、言っときますけど」

 桔梗キキョウは少し間を置いて、続けた。

レンさんも気付いてますからね」

 デスゲーマー舐めないでくださいね。桔梗キキョウは言った。花火ハナビはさらに目を丸くした。本当に心底、驚いていた。

「え、なん──」

「こっちは生還目指してるんです。死亡を目指してる人とか邪魔なんで、とっととお家に帰ってくださいよ」

 桔梗キキョウは不敵に笑った。花火ハナビは腑抜けた顔をしていた。

 花火ハナビに押し出されていた。


  ◇


 扉が自動的に閉まった。昔ながらの木製の扉ですなんて風貌をしているくせに機械仕掛けというわけだ。まあ、いつものデスゲームという感じだったので慣れている。

 扉の上部のデジタル時計は〈00:00〉を示していた。この扉はもう消耗したということだろう。桔梗キキョウはちら、と右腕のデジタル時計に目を向ける。〈01:34:06〉の表記。タイムリミットはもうすぐ半分を切る。

 歩いていると、壁に鍵がかかっているのを発見した。警戒を最大限にまで高めて鍵を取る。一回目鍵を見つけたときとは異なってトラップはなかった。さっきから、正確にはゲーム開始から一時間を刻んでから、トラップに遭遇していない。

 大型の何かが来るな、と思った。それに、鍵も扉もこんなに歩き回って、見つけたのはそれぞれ二つと三つ。扉は一時間を過ぎて表れたにしろ、鍵のように移動したりプレイヤーが所有したり出来ないのにも関わらず、この三十分で一つしか見つけていない。このままではクリアなんてほとんど出来やしない。

 だから、そろそろ、再び何かが起きる。おそらく、残り時間が半分になったとき。

 さて、何が起こるか。桔梗キキョウは最大限に注意を払いながら、迷路を探索した。

 ──その時まで、残り数秒になった頃。

「あ」

「あ」

 件の加虐性癖持ちのプレイヤーと、再会した。
 そして再び工事現場の音がした。


  ◇


 ピー、と音が鳴った。人生終了の音ではない。腕時計から鳴った音だ。
 人を表すイラストの横に〈100〉、鍵を表すイラストの横に〈100〉、扉を表すイラストの横に〈70〉と書いてあった。
 それは、鍵より扉が少ない、意地の悪いゲーム設定を表していた。
 鍵は全員分あるらしいが、全員に行き渡るとは限らない。一人が持てる鍵は一個限りではない。
 こうなってしまえば、出会った人を片っ端からぶっ倒していく攻略法が増える。桔梗キキョウならそうする。鍵を手に入れても安心は出来ない。
 桔梗キキョウは前を見た。この人をぶっ倒すとか無理だ。論外だ。
 それに向こうからしても、ここは協力するのが一番の利益になるだろう。

 しかし、なんだろう。
 先程より一層、レンの機嫌が悪い──というか、冷たい気がした。

「……花火ハナビはどしたん?」

 先程より数段低い声でレンが言った。
 ──あ、そういうことか。桔梗キキョウは気が付いた。
 今のこの状況、レンには桔梗キキョウ花火ハナビを見捨てた──花火ハナビを死なせた、あるいは──殺したように、見える。

花火ハナビさんならもうゲームクリアしてますよ」

 桔梗キキョウはありのままを伝えることにした。

「は? ……そんなん信じられると思う?」

 あいつが自ら望んでクリアするわけがないやんか。そういう意味だった。
 花火ハナビがクリアをして桔梗キキョウがクリアしない状況とは、桔梗キキョウがクリアを譲った──押し付けた、という状況しかあり得ない。そこまでレンはわかっていた。

 だからレンは、あり得ないと思った。それをするメリットが桔梗キキョウにない。恩を売るゲームスタイルはあるが、最終目的のクリアを譲る奴なんていない。いくら次のゲームのためになるかもしれないとは言え、そんな行いは命懸けのゲームにおいて、やりすぎだ。リスクとリターンがまるで合っていない。そんな行動を取る奴は淘汰されていく。
 桔梗キキョウのプレイヤーとしての優秀さからして考えても、それはあり得ないことだった。

 しかし桔梗キキョウの取った行動は、いかに信じられなくとも事実だった。

「信じられないも何も、頼まれたことに従っただけなんですが。従うって言いましたし。……それに、邪魔だったんで。自殺志願者のお守りとかしたくありませんよ。だから先にゲームクリアして貰いました」

 桔梗キキョウは『そちらに従いますよ』と言った。そして実際に蜜葉ミツハの持っていたアイスピックを即座に自分のものとせず、いるか否かをレンに問うた。その言葉通り、いくら悪態を吐こうと、桔梗キキョウレンに従っていた。だからレンも『よろしくな』と言って桔梗キキョウ花火ハナビを任せたのだ。それは『死なせんなよ』という意味だった。

 桔梗キキョウは、一度決めたことは大抵最後まで成し遂げるタイプだった。
 桔梗キキョウは、心の中で〈犬にでも奴隷にでもパシリにでも何にでもなってやる〉と思った。実際に従うとも言った。
 桔梗キキョウは、飼い主に牙を向きつつも命令を守る狂犬のように、従順にそれを守っただけなのだ。

 しかし、桔梗キキョウが自身のゲームクリアよりもそれを優先するとは流石に、レンは思っていなかった。

「……で? 実際どうなん? 死なせただけ? それとも殺した?」

 はぐれたという選択肢がないのは、桔梗キキョウがそんなヘマをする奴ではないだろうと思っていたからだ。そして再び変化が起こったのは先程レン桔梗キキョウが再開したときのため、壁が生えて分断されたわけでないのは確実だった。
 多分ここで殺したなんて言ったら、殺されると思った。

「だから死んでませんって。まぁクリア後自殺したなら話は別ですが……自分で自殺する勇気なんてないように見えますがね。だからわざわざゲームに参加したんじゃあないですか?」

 桔梗キキョウはそうため息を吐いてレンを見る。信じてないのは明白だった。桔梗キキョウは再びため息を吐いた。

「…………はぁ。どうやったら信じてくれるんですかねー。こっちとしては協力したいので信じて欲しいんですが。……個人情報でも言いましょうか? ……本名は〈早苗さなえ菊花きっか〉、槻弓にあるツキノキレジデンスってとこに住んでます。四〇五号室です」

 レンは目を見開いた。桔梗キキョウがまぁペラペラと個人情報を吐いたからだ。それも桔梗キキョウが吐いたのは自己紹介のものなどではなく、個人を特定するもの。
 しかし、信じられないのに変わりはない。レンは警戒心が高かった。

「……私が言ってることは全部嘘じゃないですよ。ゲームが終わって確認すれば良いじゃないですか。それでもし花火ハナビさんがこのゲームで死んでたとしたら、そのときはさっきの住所にでも来れば良いですよ。殺すでもなんでも、好きにすれば良いです」

 レンは思考を回した。実際問題、桔梗キキョウの言った方法が一番の最適解だった。

「……嘘やったら承知せえへんよ」

「嘘じゃないので承知しない必要はないですよ」

 桔梗キキョウレンの視線がかち合う。しばらくして、レンは去ろうとした。

「待ってください」

「は? ……何?」

 しかし、桔梗キキョウレンを呼び止めた。カラーコンタクト特有の輪郭が強調された薄桃の瞳でレンを見る。

「協力したい、って言いましたよね。まだ返事を聞いていないんですが」

「そんなん聞かんくてもわかるやろ。なんで俺がお前に協力すると思ったん?」

 レンはそう、冷たく言い放つ。桔梗キキョウは挑発するような笑みを浮かべた。

「……へぇ。ここは私と協力するのがレンさんにとっても最適解だと思いますがね。何ならレンさんの方が利があるんじゃあないでしょうか? ──頭良さそうなのにそんなこともわからないんですか? 私でさえわかるのに」

「あ? お前──」

 レンが殺気立つ。今にも戦闘になりそうな雰囲気だった。

「だって、早くクリアするには私と協力するのが一番ですよ? ──花火ハナビさん、いつまで生きてるんでしょうね?」

 レンの動きが止まった。


  ◇


 どうする。レンは考えた。こいつの言う通り、花火ハナビがいつまで生きているかなんてわからない。あいつは今回のデスゲームで、ここで死ぬことを疑わないような、死ぬのが当たり前のような目をしていた。たとえゲームでは生き残ったとて、そのまま勢いで死んでしまうような慣性があった。
 それを阻止するには、一刻も早くあいつに会いに行って、その慣性を静止へと変えてやらなければならない。しかし。

 桔梗キキョウ花火ハナビを死なせた、あるいは殺した可能性だって捨てきれないどころか十分にある。その場合。桔梗キキョウ花火ハナビを殺したなら、俺は桔梗キキョウを殺すだろう。
 死なせた場合は仕方のないこと、ではあるかもしれない。とはいえデスゲームにおいて、特に限りのある脱出権を取り争うタイプでもあるこのゲームにおいて、相手を殺して悪いことはない。
 桔梗キキョウを相手取るのは骨が折れるだろうということもあり、今回は見逃すものの、このゲームであれ次のゲームであれ味方の立場以外で遭遇したら殺そうと思っていた。なんなら、先程までその思考でいた。

 と、そこまで考えて気が付いた。──
 例えどんな前提であれ、桔梗キキョウと協力するのはことが有利に運ぶのだ。桔梗キキョウと協力した方が早くクリア出来るであろうことはどんな状況でも変わらない。そして花火ハナビが生きているならなおさら、協力しなければいけない。
 そしておそらく桔梗キキョウは、自分と相手どちらかが確実に死ぬという状況にならない限りは裏切らない。暴力性の高そうな奴だが、脅威と見た相手に積極的に喧嘩を売るタイプではない。
 舐めた態度のせいで薄れているが、初手ではかなりびびっていたのだ。そっちの方が利があるという程度で反抗という愚かな行動を取るとは思えない。

 なのに、ここまで協力を渋っている理由は? ──永遠とわを死なせた可能性のある奴なんかの手助けなんてしたくない。なんなら今すぐにでも殺してやりたい。

 ──違う。そうじゃない。それじゃ駄目だ。落ち着けよ。冷静になれ。感情で選択すんな。永遠とわが生きてる可能性に縋れよ。死なせたくないんだろ。

 なら、協力するって言え。


  ◇


 レンからの返答はなかった。なんなら、殺意が増すばかりだった。桔梗キキョウの頬に嫌な汗が伝う。しくじったか。

 桔梗キキョウレンを頭が良い加虐性癖者と捉えていた。それは正しかった。だからこそゴマをするなんざしなかった。ああいうタイプはそういうやつらに興味を抱かないと知っていたから。適当に殺されてしまうと思ったから。
 そして、感情に流されないタイプだとも思っていた。まぁ、感情で決めそうではあるが、それに呑まれるタイプではないと思っていた。少なくともこのゲームにおいては感情論になることはないと、想定していた。

 そこの判断を見誤ったかもしれない。花火ハナビを死なせたくなさそうなことはわかっていた。あれでそこまで根底が冷たいわけではないんだなあと思っていた。でも、その程度だと思っていた。デスゲーマーなんて、と舐めていた。

 ──そこまで重いとは思わないじゃあないですか。あの性格で? 他人を簡単に見捨てそうなのに? そんなことってありますか? 自分か花火ハナビさんどっちかが死ぬ状況だったとしても助けそうなレベルじゃないですか。そんなことってあるんですか。

 私は確かに花火ハナビさんを死なせていませんけど、それを証明出来る術なんてないんですよ。どうしろっつーんですか。

 あぁ、本当に。嫌な汗が滲み出てくる。気持ちの悪い。いつでも応戦が出来るように、拳を握りしめる。じんわりと濡れていた。私の問いかけから、数秒も経ってないはず、なんですけど。──もう何十分も経っているかのようにすら感じ取れた。

 レンが口元を動かした。注視する。その言わんとすることを聞き逃さないように。一挙一動を見逃さないように。

「──今から殴るけど。……避けろよ」

「──は?」

 なんともまあ、間抜けな声が出たものだ。少し、理解が出来なかった。でも、多くを考える暇はなかった。すぐさま身体を左に動かした。この感じ、レンの身体の使い方、動かし方、右に来ると思った。それは正しい選択だった。そしてその流れのまま回し蹴りを披露した。……あ、しくった。癖で反撃をいれてしまった。不幸中の幸い、普通に避けられたものの。モロに当たったらかなりダメージを喰らうやつをお披露目してしまった。

「……すみません、癖で反撃してしまいました」

「……まぁええよ。……それで、協力やっけ」

 急に場の展開が変わりすぎて、なんなのかと思った。私が殴りかかったときのレンさんこんな気持ちだったんだな、と思った。これは困惑もする。現に桔梗キキョウは、なんなんだこの人、とレンに対して思っていた。

「…………受け入れることにする」

 レンはそう言った。どこか自分に言い聞かせているようでもあった。──桔梗キキョウは、安堵した。どっと精神の疲弊が身体の疲れとして押し寄せてきて、これはいけないと思いすぐに気を立て直した。気が抜けてはいけない。ゲームは今も進行しているのだから。

「そう言ってくれてありがたい限りですよ。……では改めて、よろしくお願いしますね」

 協力しつつの探索が開始した。


  ◇


 それから、余程花火ハナビのことを気にしていたのかレンがまだ腕時計で鍵より扉が少ない事実を確認していなかったことが判明したり、時計にマップ機能が追加され、扉がある場所のが表示されることなどが判明したが、それ以外は特段つつがなくことが運んだ。始めからそういうゲームであったかのように道行くプレイヤーと戦闘になったことも、協力してだとあっさりと対処が出来た。
 人が減るまで身を隠すスタイルのプレイヤーもいるだろうな、なんて思いながら扉に向かう。

「──一足遅かったですか。……それか、ここもでしょうかね」

「そうやな。……ほんま、意地の悪いこと考えるな」

 レンはそう言って、時計の地図を見た。表示されている扉の数。──それは七十より多かった。つまり、かさましされている、ということだ。

 気が付いたのは桔梗キキョウだった。『なんか多くないですか』──桔梗キキョウはパッと見で大体を把握することが得意だった。その後一瞬でレンはその数を数えた。一・五倍あった。レンが一瞬で数を数えたことに桔梗キキョウは少し引いた。
 冷静になれば数の多さに気が付けるような、気が付けないような数だった。人によるだろう。
 しかしこんな冷静に欠ける状況だ。どれくらいありますかと訊かれたわけでもないのに気付ける奴なんてそうそういない。理由がデスゲームによるものではないものの冷静さに欠けているレンも同じだ。

 気が付けないことで起こる現象とは。──予想よりも使用済みの扉と出会う確率が高くなる。予想からズレた分がかさましのせいだとは知らないと、焦るのが人間の心理だろう。──扉が見付からないのなら。プレイヤーの数を扉より、少なくすれば良い。しかし今何人いるかなんてわからない。だから、プレイヤーを探して、片っ端から殺す。つまりこれは、乱闘が起こりやすいような細工だ。ただでさえ乱闘が起こりやすい状況になったのに、それをさらに加速させているということだ。

「そろそろ三十人くらいは死んでそうなもんですけどね。扉が少ないというトラップからプレイヤーそのものがトラップに変わってますよ、絶対」

「まぁな。でも、かさましされてるってわからんかったらそうとも思われへんやろ」

「ですねー」

 三十人以上死んでそう、と冷静に判断出来るのも使用済みの扉達がかさましもあると知っているからだ。

「……あれ。あそこ異様に人集まってません?」

 せわしなく動いているものの、ばっと見て六・七人くらいだろうか。その場所は、扉がある位置とも一致していた。

「──あるな」

「──ですね。突っ込みますか」

 乱闘に、加わることにした。


  ◇


 協力なんてするんじゃあなかった。〈紗千サチ〉はそう考えていた。
 紗千サチは、〈ウタゲ〉と〈詩歌シイカ〉の二人と協力していた。しかし扉を見つけた瞬間、それは崩れた。今まで使用済み扉しか見つからなかったのもあり、焦っていたのだ。その一人用扉を使うのは誰か、揉めたのだ。

 そして殺し合いに発展したわけだ。これがかなりきつかった。扉を牽制、死守しつつ相手を殺さんとしなければならないのだから。逃げて別の扉を当たるのも、逃げてるところを攻撃されるのと、使える扉が見つからないのかもしれないの、二重のリスクが出てくる。特に後者がキツい。
 このゲームにおいて、協力プレイはかなり楽にもなるが、その分代償が多いというわけか。
 そうこうしてるうちに、新たな乱入者とか色々現れて、それで。

 そのうちに、黒髪の女と赤髪の男の二人組が表れて。

 あ、やばいな。無理だわこれ。──そんながして、逃げたんだ。


  ◇


 一人逃げ去っていく女が確認出来たが、今この場合はむしろ助かるので桔梗キキョウは無視した。自分でいうのもなんだが、正しい判断だと思う。遠目から見ている感じでも、桔梗キキョウレンに勝てるようなプレイヤーはいない。目が合うとかそれ以前に早急に退散したところを見るに、どうやら優れた直感を持っているようだ。
 桔梗キキョウの場合は直感というより他人の本質を感じ取るのが得意、というものなので種類は違うが、あれはあれで優れた技術だろう。

 まあ、桔梗キキョウの技術も〈他人の本質を見抜く〉ではなく〈他人の本質を感じ取る〉、つまり相手の人となりを見て推理するなんてものではなく本能的に感じ取っているという方なわけなので、直感といえば直感にはなるのだが。直感よりも明確、直感よりも遅い、というのが差異だろうか。

 何はともかく、六・七人引くことの一人、五・六人のプレイヤーがいることになった。近くに来たついでにちゃんと数えてみたところ、六人だった。つまり桔梗キキョウレンを足して、八人。某乱闘ゲームの最大人数だ。
 これは少し時間がかかるな。そう思った。自身よりは劣るとはいえど、今までのやつらよりかは強い。ただ勝つだけじゃあだめだ。扉も守らなくてはならない。手こずりそうだなあ、と思った。

 とりあえず、一番近くにいたやつの腕を掴んで、投げ倒した。すぐに復活されては困るので腹を殴っておく。すると今度は桔梗キキョウが別のやつに腕を掴まれた。邪魔が入った。仲間同士もいるのか。それともあれか、急な乱入者、しかも二人組という共通の敵が発生したことで妙な連帯感が生まれているやつか。まあいい。命を脅かすほどの脅威ではない。ねじって回してひっぺがし、踏みつけるように蹴ってやった。ぐ、と呻くのが聞こえた。

 するとさっき投げたやつが回復してアイスピックを刺しに来た。単調な突きだったので躱して掌底を叩き込んでやった。その隙を狙って殴ってくるやつがいた、そいつはわりかしやれるやつだった。躱すのが困難だと判断したため、クロスに組んだ腕を押し出して跳ね返しつつ、後ろに跳んだ。──ついでに軌道にカーブを付けてみたりして。扉の前に来てみた。押し出し跳ね返したのもあって腕がじんじんしたが、こんなの簡単に無視出来る程度だ。敵プレイヤー達は『まずい』と書かれた顔をしていた。

 ──まぁ、クリアは割と確実ですかね。そう思い、ポケットから素早く鍵を取りだし、ねじ込み回す。一分間のカウントダウンが始まった。
 ところで、こうやって案外簡単に扉自体は開けられたわけだが、別に私の腕が良いからって問題ではない。
 開けられたとて、出られる保証はないのだ。特に扉は外に押し出すタイプではなく内に引き込むタイプなのだ。開けた勢いのまま出ることも出来ない。邪魔し合い、ただただ扉を無駄にする可能性が九割くらいある。──私の場合は違いますけど。

 六十。扉を開け放つ。形相を変えたプレイヤー達が突っ込んで来ることによって対処せざるを得なくなる。そんなわけで、体当たりをしてやる。自分ごと突き放してやる。

 五十。その延長線にちょうどレンがいた──まぁ狙ってやったわけだが──ので、首根っこを掴んでやった。『!?』という顔をされた。そしてそのまま結構強めの後ろ蹴りを放った。まさか桔梗キキョウに攻撃されると考えていなかったレンはモロに喰らったようだ。ざまぁみろ、なんて思ってしまった。
 別に軽く押すだけでも良かったわけだがまあ、ちょっとした憂さ晴らしみたいなもんだろう。まともに喰らっても骨が折れることは多分ない程度には収めてはおいたので、問題はない。

 四十。そんなこんなで、扉は使用された。

 ──一人で扉を使用するのは難しいけれど。すれば割りかし容易い、ってわけだ。

「──ざまぁみろ! だから言ったじゃないですか、嘘吐いてないって! とっととクリアしちまえ!」


  ◇


 レンはゲームをクリアした。


 ◇


 桔梗キキョウはとてもすっきりしていた。それもそうだ、最後にアレをやり込めることが出来たのだから。

 三十。桔梗キキョウは周囲を見渡した。『してやられた』の顔をしていた。多分後ろも似た感じだろう。気分が良かった。近くにいた青髪の男の後ろに回った。それで、掴みかかってまだ開いている使用済み扉の外に押し込む。この扉は次のステージへと進むものではなくゲームクリアへの扉だ。扉を通った一人は既にゲームクリアの扱いになる、よって一人用を破ったペナルティをレンが被ることはない。その予想通り、桔梗キキョウが押し出した青髪の男がぐぁ、の音と共に地面をのたうち回った。毒っぽい反応だなと思った。電気は間違いか。

 二十。緑髪の男に体当たりをされそうになった。桔梗キキョウを外に追いやるつもりだろう。しかしやはり単調な突っ込みだったため、桔梗キキョウは冷静にさっきからカラフルだなぁとか思いながらカウンターをかけてその勢いのまま扉の外に追いやった。同じくぐぁと声がした。馬鹿の一つ覚えに同じ声しか出さないなあ、と思ってから、別人が同じ声を出してるんだから馬鹿の一つ覚えってわけではないのか、と思い直した。

 十。次は黄色だった。流石にカラフルすぎないか。長い髪の女だったので、引っ張ってやったらまぁ痛そうに啼いた。髪を手綱替わりに引っ張ってやって、黄色い女の上に乗ってやった。飛び蹴りのようになった。動きが止まったところを蹴り転がして外に掃き出した。また同じワンパターンの呻き声がした。違いと言えば今後は女だったため声が高かったことくらいか。

 五。前を見たら白髪の女が目に止まった。カラフルの延長でついでにこいつもやっておくことにした。一気に距離を詰める。

 四。白髪の女は今まで攻めて来たやつらを対処するだけのスタイルだった桔梗キキョウが急に攻めて来たことにびっくりしたのか、間抜けな顔をした。桔梗キキョウはそんなこと関係なく胸ぐらを掴み引き寄せる。

 三。じたばた暴れて抵抗する女の腹に膝蹴りを入れてやった。くぐもった声で呻くのが聞こえた。血を吐かれた。汚ったないなと思った。

 二。くた、となった女を扉の方に投げ飛ばす。どん、とそれなりに大きな音と共に床に墜落した。

 一。距離が足りなかったようだ。ギリギリ扉の外一歩手前。桔梗キキョウの体格的にも投げ飛ばすのはそこまで得意ではないんだ、仕方がない。むしろこの体格でよくやるだろう。

 零。扉が自動的に閉まった。扉が白髪の女を閉め出した。呻き声は聞こえなかったが、どうせ扉の外では同じような呻き声が響いているだろう。

 白、黄、緑、青。レンを足したら赤もか。──かき氷シロップ全混ぜみたいな配合だなあとか思った。毒は紫のイメージがあることもあり余計色がぐちゃぐちゃになったかき氷みたいだ。血の色の赤を考えたらレンを足さなくても赤は事足りるしなあ、なんて思った。
 このゲームが終わったらかき氷でも食べてやりましょうかね。冬ですけど。桔梗キキョウはかなりしょうもないことを考えていた。

 そんなことを考えられるくらいには、余裕があった。

「──さて」

 桔梗キキョウは残った二人を見た。化け物を見る目をされた。花火ハナビといたとき、アイスピック強盗未遂に遭ったときと似たような状況だった。──しかし今回は、逃すつもりは毛頭なかった。
 ゲームシステム的に逃さない方が良いのもある。しかし、前回と違う主な理由はそこではない。

 そもそも、この状況で逃すなんて基本しないのが桔梗キキョウのスタイルだった。人のことを散々言っている桔梗キキョウだが、桔梗キキョウ桔梗キキョウで加虐性癖を所有している節があるのだ。

 そんな桔梗キキョウが前回逃した理由。それは花火ハナビにあった。相手がアイスピックを二個も所有していることにあった。──花火ハナビにアイスピックを持たせるのは危険と判断したからだ。もし持たせていたら、ゲームクリアさせた後に己の頚動脈に突き刺していた可能性もかなりあったかもしれない。一度死ぬと思ったら、それを選択したら、いくら今まで自死を避けていようと簡単に勢いで死ねることが多いのだ。

 相手がまだ一個しか持っていなかったら、蜜葉の死体から盗ったのと合わせて二刀流とかなんとでも言って桔梗キキョウが所有できた。しかし三個はいらない。流石にいらない。邪魔でしかない。
 では花火ハナビが所有するのは当然の流れとなってしまう。そこを止めたら怪しまれる。頭が良さそうな、その上身体能力も高そうなやつだったので、抵抗されては扉の外に押し出すのは難しいし逃げられる可能性もある。だから見逃すしかなかった。

 しかし今回は。そんなしがらみなんて、一切ない。見逃してやる必要なんて一切ないだろう?


「──逃げようだなんて、考えないでくださいね?」

 二人は、引き攣った表情をさせた。それでいて足掻こうと、武器を構えた。
 桔梗キキョウは体温と心拍数が上昇していくのを感じた。どきどきする。気分が良い。高揚している。
 口元に手を当てる。──あぁ、口角が上がってしまっている。嫌だなぁ。これじゃあこの状況を楽しんでしまっているみたいじゃあないか。

「…………あは」

 ──まぁいいや。今すぐに、壊しちゃってしまおう。



  ◇


 桔梗キキョウはそれから二人を殺して、片方が持っていた鍵を奪い、しらみ潰しに扉を当たっていった。そこそこの時間で未使用のやつは見つけられた。幸運なことに周りには誰もいなかった。

 時間こそ少しかかったが、特段有事も起こらず、桔梗キキョウはゲームをクリアした。


  ◇

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