卒業式の日、私は結局学校へと足を運んでいた。
先日マルビアに負ける形で今日一緒に帰る約束をしてしまったためである。
本来なら休もうと思っていた卒業式だったが、私の中では今日を終えても死なないのではないかという希望もあった。
1回目は、マルビアとは親しくならなかった。
1回目は、新しいお菓子を作ったりしなかった。
1回目は、――恋なんて、してなかった。
違う状況になっている今があり得るなら、私が卒業式に出ても生きているかもしれない。
逆に言えば、こんなに違う状況であるのに死ぬのならば、私はどこにいたって死ぬのだ。
そんな悟りのような境地になって、今、卒業式に参加している。
魔法を使った華やかなセレモニー。
在校生、卒業生の答辞――そういえば、学年主席であるマルビアが卒業生代表だったのか。
1回目のときは卒業ということに頭がいっぱいで、誰が何をしているとか、あまり意識していなかった。
テンプレートのように始まった答辞。
マルビアと仲良くなった今、こんなに畏まった挨拶をマルビアがしているなんてなんだか笑えてしまう。
形式的な言葉が続く中、答辞は思い出の話へと進んでいく。
入学してから今までのことに思いを馳せながら、私はマルビアの顔を見つめていた。
先生方からは苦笑い、生徒たちからはくすくすとした笑いが起きる。
私は、卒業生からの答辞ってこんなに印象に残る内容だっただろうか、と不思議に思っていた。
こんな内容だったなら、マルビアがスピーチしていたことも、その内容も、覚えていた筈なのに。
…それ程式に集中していなかったのだろうか。なんだかマルビアに申し訳ない。
マルビアと目が合う。
一瞬だけれど、マルビアの碧い瞳が私を写し込んだ。
マルビアの表情が、少し切なげなものに変わる。
言葉の意味は分からないけれど、それでも、きっと彼の表情をそうさせる何かがあったんだろうということは分かった。
マルビアと再び目が合い、マルビアが微笑む。
私はきっと間抜けな顔をしていたんじゃないだろうか。
その後は形式的な閉めの挨拶が続き、答辞は無事幕を終えた。
深々と礼をするマルビアの姿を目に刻み付ける。
頬に何かが滴り落ちる。
それがなんだったのか気付かない振りをして、私は静かに下を向いた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。