第2話

1.ケイティ、身の上話をします
2,096
2024/07/16 02:00
改めて、わたしはケイティ。ケイティ=サザーランド。栗色の髪に、茶色の目。これでも実は、伯爵令嬢なのだ。

と言っても、わたし自身は庶民生まれ庶民育ち。どうしてお嬢様と呼ばれる身分になってしまったのか……話は数年前に遡る。


わたしはもともと、ケイティ=ベル。ベル家は理髪店を営んでいて、パパとママとわたしの三人家族だった。

だけどママは、わたしが九歳の年、ばったりと倒れて、そのままいなくなってしまった。

パパはそのことがすごくショックで、食事も喉を通らなくなって……うっかりママの後に続きそうな勢いだった。
ケイティ
ケイティ
「パパ、今日からわたしがお料理担当よ! 掃除も洗濯も、ママがやっていたお家のこと、全部わたしがやる。だから元気を出して!」
なんとかしなきゃ! って考えたわたしは、ぶかぶかのエプロンを着けてそう宣言した。

最初、わたしの家事スキルは酷いものだった。料理は丸焦げだし、洗った服はびしょびしょだし、片付けたはずが埃で咳き込むし……と散々な結果。でもそれも、毎日やっていたらだんだん上手になっていった。
フィリップ
「ケイティ……そうだな。お前がこんなに一生懸命なのに、パパもいつまでも落ち込んでいられないな」
娘の必死さに感化されてか、パパもなんとか立ち直ってくれた。


そうやって慎ましく生きていたわたし達のお店に、ある日意外なお客さまが訪れたのだ。
ジョージアナ
「腕の良い理髪師がいる店はこちら?」
派手な帽子、ボリューミーなドレス。見た目からして、いかにも高貴そうな出で立ち。

庶民の店に突如現れたお貴族さまに、わたしもパパも、あんぐり口を開けたまま何も言えなかった。
聞けば伯爵夫人とそのご令嬢だという。
ジョージアナ
「うちの娘を綺麗にしていただきたいのだけど」
アナベル
アナベル
「…………」
夫人はそう言って、ボサボサ髪の娘を指さした。
その人、服はご令嬢のものなのに、髪がまあ酷いこと! ぼさぼさの長い髪を、結いもせず垂らしていて……なんだかお化けの大木を思い出しちゃう。

でもパパはこのやりがいしかない頭を見たら、職人スイッチが入ったみたい。きりっとすまし顔になって、お客様に注文を聞いた。
フィリップ
「承知致しました。どんな風に仕上げたいですか?」
令嬢はむっつりと、少女にしてはしわがれた声で答えた。
アナベル
アナベル
「……長くて綺麗な髪」
ケイティ
ケイティ
(ってことはあのくせ毛、ばっさり切ることはできないんだ……ちょっと難しそうな注文。パパ、大丈夫かな?)
でもそこは、名職人ことうちのパパ。諦めることなく、長い時間を掛けてくせ毛と格闘した。
結果、ぼさぼさ髪はオシャレなウェーブになり、整えられた前髪の下、意外と綺麗な顔もちゃんと見えるようになった。これはもう、大成功のはず!
フィリップ
「お気に召しましたか?」
アナベル
アナベル
「…………」
ジョージアナ
「素晴らしいわ! アナベル、良かったわね」
令嬢は何も言わなかったけど、むっつりした表情の中でも目は輝いているように見えたし、夫人も上機嫌だった。
わたし達は気前の良いチップを弾んでいただき、お互いにハッピーエンド!

……で、終わったら、わたしはケイティ=ベルのままだったんだけど。
ジョージアナ
「ごきげんよう、理髪師様! 今回もお願いできる?」
アナベル
アナベル
「…………」
それからもこの貴族の母娘は、度々庶民の理髪店に足を運んできた。
どちらかの髪を整えに来たこともあったし、ただただ顔を見せ、ついでにお土産を置いただけで帰った日もあった。
ジョージアナ
「フィリップ! 今日もお供なさい!」
フィリップ
「は、はい……?」
そのうちパパが、買い物やらお出かけやらのお供に連れ出されるようになった。しかもいつの間にか、呼びかけが名前呼びになっている。
わたしはお邪魔虫なのでのけ者にされる……というわけでもなく、お留守番になった日もあれば、一緒にお出かけしてわたしの分まであれこれ買い物をしてもらえたこともあった。

そして伯爵夫人に振り回されるうち……パパはいつの間にか、未亡人だった彼女の二人目の夫に迎えられていた。いわゆる、逆玉の輿って奴。

で、パパが入り婿伯爵フィリップ=サザーランドになったから、わたしも伯爵令嬢ケイティ=サザーランドになったってこと。
伯爵夫人ジョージアナ=サザーランドは義母に、伯爵令嬢アナベル=サザーランドは義姉になった。

伯爵夫人は周りを圧倒するパワーの持ち主ではあったけど、物語に出てくるような継子に意地悪な義母というわけではなかった。
ジョージアナ
「ケイティ、淑女はしっかり背筋を伸ばす!」
ジョージアナ
「ケイティ、お土産は何がいい? マカロンかしら?」
伯爵令嬢になったからにはこのぐらいのことは! って、勉強や礼儀作法には厳しいところもあったけど。お買い物に一緒に連れて行ってくれたり、お土産を買ってくれたりすることは変わらなかった。

こういうの、飴と鞭って言うのかな? お義母さま、自分の好きに生きているようで気遣いもしてくださる方だったから、新しい家族として馴染みやすかった気がする。

一方で、お義姉さまとの関係はちょっと難しかった。というより、お義姉さま自身が難しい人だったというか……。

彼女は伯爵邸でもいつも一人で、お義母さま以外は寄りつきたがらないみたいだった。

理由は大きく、二つある。

一つ。性格がきつい。
ずーっと唇を引き結んでいたかと思えば、ヒステリックに怒鳴りつける。
アナベル
アナベル
「ケイティ、またお作法を間違えている! 何度言ったらわかるの!?」
これは、お義姉さまの見た目――背が高め、しっかり整えてあげないとお化けの木みたいになってしまう長いくせ毛な黒髪、吊り型の目の形、濃い紫色の瞳――などなどのせいで、より一層「きつい人だ」という印象をもたらすのだろう。

実際、言っている内容自体は、お義母さまと同じ、行儀作法の指摘だったりするのだけど。お義母さまが言うと窘める、お義姉さまが言うと叱りつける、って風に聞こえる。

そしてもう一つ。お義姉さまには他の人にはあまりない特徴がある。
それは彼女が、魔法使いだってことだ。

プリ小説オーディオドラマ