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第1話

0.絶体絶命プロローグ
5,373
2024/07/09 02:00
ケイティ
ケイティ
(はあ、どうしよう……もう日も暮れてきたのに)
わたし、ケイティ。今絶賛、森の中で迷子です。
ケイティ
ケイティ
(ここはどこ? お家はどっち?)
見渡す限り木、木、木……駄目だ、全然帰れる気がしない。どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
ケイティ
ケイティ
(そもそもこの姿じゃ、無事に帰れても、わたしだって気がついてもらえないよね……)
見下ろした先、ふさふさの毛に包まれた手──いや今は脚を見て、ため息を吐く。

訳あって、わたしは今、ウサギになっている。元はちゃんとした人間なのだけど……。

しかもまずいことに、わたしが今いる場所は、危険な森なのだ。ウサギの姿で走り回っていたら、いつの間にか迷い込んじゃったみたい。

慣れない身体に、知らない場所。しかも危険地帯。
ケイティ
ケイティ
(こういう状況を世間一般では、「ピンチ」と呼びます。……なーんて、改めて確認するまでもないか)
辺りはどんどん暗くなっていく。半日以上こんな調子だから、そろそろお腹もぺこぺこになってきた。

はあ……アップルパイが食べたいなあ。
ケイティ
ケイティ
(……でも、今のわたしはウサギなんだから。草がごちそうになるのでは?)
鬱蒼と茂る植物達を眺めているうち、ふとそんな考えが頭をよぎる。

このまま闇雲に歩いていても、あまり状況が改善するとは思えない。だからってじっとしていたら、辺りの不気味な静けさに押しつぶされそう。

帰りたい。悲しい。寂しい。お腹すいた……お腹すいた。
ケイティ
ケイティ
(あー、だめ! 空腹の時にいい考えなんて浮かぶわけがない。その辺に何か、木の実とか果物とか……草は最終手段にしたい……!)
わたしが口にできそうな食べ物がないかと、改めて辺りを見回そうとしたその時──。
魔物
「アオーン!」
今一番聞きたくない音が耳に飛び込んできた。びくっと身体がすくむ。
魔物
「ワオーン!」
魔物
「オオーン!」
さ、最悪かも……。オオカミだ。しかも声が複数ということは、群れ。
そりゃオオカミなんだから群れるよね。森の中だし。
ケイティ
ケイティ
(わーん、今の今まで会わずに済んでいたのに!)
聞いた感じ、まだ少し距離がある。わたしは急いで近くの木の根元に飛び込み、できるかぎり身を縮こまらせた。

こういう時、焦って走り出したらダメなんだ。動いた方が彼らの視界に入るからかえって危ないし、逃げ切れても迷子になる。
半日前に体験済。
ケイティ
ケイティ
(恐いけど、じっとするのよ、わたし。このまま通り過ぎてくれますように……!)
……でも、わたしの作戦はうまくいかなかった。せっかく大人しくしていたのに、見つかっちゃったみたい。
魔物
「ガルルルル!」
ケイティ
ケイティ
(きゃーっ!?)
ガウガウ言っていた吠え声が近づいてきたかと思ったら、隠れ場所の入り口を引っかくガリガリ音が! わたしを隠していた木の根が、一瞬で剥がされてしまう。

大変だ! 逃げなきゃ!

頭で考えるより先に、小さなウサギの身体は駆け出していた。
魔物
「ギャオーッ!」
後ろで恐い音が聞こえるけど、構っていられない。というか、構ったら死んじゃう!

ぴょんぴょんと懸命に、小さな脚で森を疾走する。逃げ足の速さなら、人間の時よりウサギの方がいいかも。
魔物
「ガルルッ、ガウッ!」
ケイティ
ケイティ
(ひゃっ、挟み撃ち!?)
疾走していたら、前から飛び出してきたオオカミとぶつかりそうになった。間一髪、慌てて横に飛んで逃げる。そのまま相手の脚の下をくぐるように、ダッシュ!
ケイティ
ケイティ
(ああ、なんて最悪続きなの……目の前に出てこられたから見えちゃった。ただのオオカミじゃない。魔物だ!)
わたしを追いかける追跡者達は、少し大きめのオオカミの形をしていたけど、それに加えて頭から角が生えていた。

魔物は普通の野生動物より、更に厄介な存在だ。野生動物より頑丈なのに凶暴で、好んで人を襲う。
ケイティ
ケイティ
(でも、今のわたしはウサギなのに。こんな小さな身体、一匹のおやつぐらいにしかならないでしょ! それを何匹も囲んで襲うなんて、卑怯よ、強欲よ!)
心の中では文句を言っているけど、実際に凶悪な角オオカミ達の顔を見ながら言えるほど、わたしの心は強くない。そもそも今はウサギだから喋れないし。

必死で走り続けたけど、しつこい追跡に、疲労の重なった身体が限界を迎えて──。
ケイティ
ケイティ
(ああっ!)
足がもつれて転んだ!

体重が軽いから派手にぽーんと飛んでも怪我はないけど、追いつかれてしまった!

はっと気がついた時には、ぎらりと輝く牙。
ケイティ
ケイティ
(せめて、アップルパイを食べてから死にたかったなあ……)
わたしは最後にそんなことを考えながら目を閉じた。










──が。
魔物
「ギャオンッ!?」
覚悟した痛みは訪れない。しかもなんだか変な声……魔物の悲鳴が聞こえたような?

恐る恐る目を開ける。すると……。
ケイティ
ケイティ
(金色のふさふさだ……)
なんて頭の悪い感想。でもそれしか浮かばない。
キラキラと輝く、太陽の光みたいな眩しいふさふさのたてがみを持つ──立派な雄ライオンが、いつの間にか出現していた。

ライオンは大きな四つの足を踏ん張り、魔物達に睨みをきかせる。なんとそれだけで、わたしをあれだけしつこく追い回していた魔物達は逃げていった。

すごい! ブラボー! さすが百獣の王!
ケイティ
ケイティ
(……あれ? でもこれ、もしかして……)
角オオカミの群れがいなくなったことを確認してから、ライオンはこっちにゆっくりと振り返る。

やっぱりそうだよね! 一難去ってまた一難!
ああ、向き直られると体格差を更に感じる。ライオンはさっきの角オオカミより更に大きい。わたしなんかきっとひとのみだ。

ほら、でっかい口を開いて……。
レオニード
レオニード
「無事か? ちび助」
喋った。ライオンが。動物が喋った。
ケイティ
ケイティ
(もう、無理……)
度重なる理不尽と、疲労と、空腹と、未知と。
ついに限界を迎えたわたしは、ぱったり気絶してしまったのだった。

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