その後、二人はあなたの自宅に戻り、室内デートすることになった。
あなたはジュースとお菓子を持って部屋に戻った_が。
なんと廉はシャツの前をはだけて、あなたのベッドに座っていた。
シャツの間から男らしい鎖骨や胸板が見え隠れしていて、あなたの顔は真っ赤になる。
映りが悪い…
どうやら廉は、いつかのボタンのとめ方の特訓を再開するようだ。
強い口調で命令され、あなたはおずおずと従う。
持ってきたジュースを机の上に置き、ドギマギしつつ廉に近づくと、
ぐいっと手を引かれ、強引に廉の隣に座らされた。
__ドサッ!
次の瞬間、あなたは勢いよくベッドの上に押し倒された!
廉の表情は真剣そのものだ。
さすがに鈍いあなたでも、これから廉が自分に何をしようとしているのかすぐにわかった。
でもこんなことあなたは初体験で、体が勝手にガクガクと震えだしてしまう。
廉の顔がだんだん近づいてきて、あなたはきゅっと唇を噛んだ。
まるで目の前の廉がいきなり知らない人になってしまったようで、とても怖い。
このままキスされてしまうのかと思うと、自然と両手で髪をぎゅっと握っていた。
それはあなたが怯えたり不安になっている時のお決まりのポーズ。
あなたが泣きそうな顔になっているのに気づき、廉はハッと真顔になる。
だけどあなたは相変わらず怖がったままで、廉は結局それ以上手出しができなかった。
だって廉はあなたを怖がらせたいわけじゃない。
ただ普通の恋人同士のように、甘い時間を過ごしたかっただけなのだ。
廉はシャツの前のボタンをとめ、あなたのそばから離れた。
その時、棚に手を引っかけて置いてあった箱を床に落としてしまう。
箱の中にはたくさんの写真が大事にしまってあったようで、それらがばらばらと床に散らばる。
あなたはベッドから起き上がって、写真を拾った。それはA4ぐらいにパウチ加工され、
かわいらしくコラージュしてある写真だ。写真には小さい頃の廉やあなたが写っている。
写真を見ながら、廉はあなたと星の村に行った時のことを思い出した。
あれは廉の10歳の誕生日の時だった。永瀬家と春名家合同で、
流星群が見える星の村に旅行した。
だけど後から合流するはずだった廉の両親は、仕事の都合で宿泊そのものがキャンセルになったのだ。
☎通話中…
先にペンションに来ていた廉は、母と電話しながら言葉を失った。
両親が自分の誕生日よりも仕事を選んだことがショックだったのだ。
☎通話終了…
だけど素直に『どうして来てくれないの』と言うこともできなくて、
当時の廉は無理やり平気なふりをするしかなかった。
廉が10歳の誕生日について覚えているのは、大体そんなところだ。
あなたが大事にとっておいた写真には、10本のローソク立てたケーキを囲んで、
廉とあなたとあなたの両親が写っている。
あなたからのプレゼントを受け取った廉。夜空を一人で見上げる廉。
両親の代わりにあなたやあなたの両親が誕生日を祝ってくれただろうに、
そのことについては記憶が曖昧だ。
逆にあなたの方は、昔のことをよく覚えている。
写真を手にしながら、当時のことを懐かしんだ。
だがあなたの大切な思い出を語っているのに対して、廉の方は当時のことを
覚えていないようだ。首をかしげて、もう一度思い出そうとするけれど。
廉のケロッとした態度に、あなたはショックを受けた。
あの星野村での思い出は、あなたにとっては大事な大事な宝物。
だから廉もきっと同じように大切にしてくれているんだと思っていた。
だけど廉はあの星の村でのことを全く覚えていないという。
この温度差が、あなたの心を傷つける。
目の前にいる人は、本当に自分が大好きな廉くんだろうか?
本当の廉くんだったら6年前思い出も、宝物の隠し場所も覚えているはずなのに……。
ついそんなふうに考えてしまい、あなたは泣きそうになる。
あなたが大きなショックを受けていると気づかず、廉は来週の予定について話始めた。
スマホを取り出して、【人気のデートコース】を検索する。
廉はポンっとあなたの頭を撫でるが、あなたは反射的にビクッとする。
あなたは廉の質問に答えなかった。廉は、そんなあなたの態度を、
優柔不断と受け取ったようで、再びスマホで検索する。
そこでようやく、あなたは重い口を開く。
とうとうあなたは、口に出してはいけない言葉を口にしてしまった。
廉の彼女(仮)になってからずっとずっと感じていた違和感が、大きな風船のように
膨らんで、このタイミングで爆発したのだ。
今までのあなたなら廉に対し口答えなんてできなかった。
大人しく彼の言いなりになっていただろう。
だけどあなたはどうしても我慢できなかった。
そんなあなたの変化に廉もようやく気づいて、キッと厳しい表情になる。
あなたの目尻から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれた。
その涙を目にして、廉は思わず声を荒らげる。
あなたはキュッと肩をすぼめ、両手で髪を握りしめた。
あなたは思う。廉の彼女(仮)になってから、廉は変わってしまった。だったら
元の幼なじみに戻れば、また自分が好きだった廉に戻ってくれる──と。
だけどあなたと恋人になりたい廉にとって、『幼なじみに戻りたい』
という願いはNGワード。
どうしてもあなたが突然そんなことを言い出したのかわからなくて、
腹の底から怒りがわき起こる。
あなたは両手で髪を握りしめたままだ。
廉はあなたの手首をつかみ、無理やりキスしようとした。
そんな廉をあなたはドンッと突き飛ばし、力の限り抵抗する。
あなたの本気の抵抗に遭って、廉はショックを受けた。
あなたはすぐ謝るけれど、二人の間には、かつてないほど重い空気が流れる。
廉はそう吐き捨てると、バタバタとあなたの部屋を出ていった。
あなたはその後を、追うこともできず、一人部屋の中で呆然とする。
あなたは廉が出ていってからもしばらく、ぽろぽろと涙を流し続けた。
それは長年付き合ってきた幼なじみの、生まれて初めてのケンカだった。
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。