第9話

第二幕 愛の喜び 第二話 無知
43
2022/07/31 23:54
 これを恋だとか愛だとかいうにはまだはっきりしたものはない。
 けれどあの時から、何かが変わり始めたような気がした。
 桃は私のそばにいてほしい。
 たったそれだけの、気持ち。

 あの時の真相を桃に聞いてみたところ、次のようなことがあったという。
 学校に来ても私がおらず、連絡もつかないことからとりあえず無断で欠席したということになっていたが、いてもたってもいられなかったようで、桃はうめの力を借りて私の家まで飛んできたという。
 そして鍵が開いたままで、恐る恐る家の中に入ると、血だらけの衣服を身に纏う私とすぐそばで体中を真っ赤にして倒れる母親の姿があったという。
 母親は自分を刺して自殺をしたらしい。なんて無責任な、と思ったけれど、いない方がいいので特に悲しみもせずに終わった。けれど私にはもう、家族と呼べる者も、親戚と呼べる者もいないのだ。
 私は出血の量もそれほどでもなく、強く頭を殴られたのがいけなかっただけで、命に別状はないらしい。良かった。
 というわけで、大事には至らずに済んだ。

「桃......なんだかごめん」
 まるで自分が桃の大切な思い出を汚したかのように感じたから。
「いいのよいいのよ。けどまあ、驚いたわ...家族の話は、これまで聞いたことなかったから。とりあえず、また元気になれたら、マジカルランドの話をいっぱいしましょうね!」
 いつもと変わらない調子でそう言ってくれる桃に、私は思わず抱き着きたくなる。感謝というか、温かみというか? 言語化できない、これまで感じたことのない思いだった。
「あ、そういえば私、休み時間に逃げ出してきたんだわ......学校できっとこっぴどく叱られるわね...」
 するとその時、病室のドアが勢いよく開いた。
「あんずちゃん......‼」
 息を切らしたうめが現れる。
「あんずちゃん......無事...だった......のね.........」
「息切れて...大丈夫?」
「うめ、あんたなに授業中に飛び出してるのよ」
「いやいや、ちゃんと先生に許可もらってますから‼」
 いつもと変わらないようなやりとりが、私の心の傷を少しずつ癒してくれるようだった。
 私はうめにも過去についての話をした。
 うめはなんとも言えないような表情をしていたけれど、今私がここで生きていることを喜んでくれた。
「あんずちゃんのことは、ワタシが守ります」
「うめ、あんた体力もさほどないくせに」
「これでも色々スポーツ習ってましたけど何か?」
「全然役に立ってないじゃん」
「事情知っててそういうこと言うのやめてください‼」
 日常に戻ることができた。いいや、そもそもこれが日常というのはおかしいだろうか。新・日常みたいなもの? わからない。
 けれどこの時、確かに私はこれから広がる未来がもっと明るいものだと思っていた。
 友達というものができて、絆を深めて。
 辛いことも思いだしたけど、友達が助けてくれて、また絆が深まって。
 これが普通の友達というものなんだと初めて知った。

 私の中に芽生えた、疑ってしまうくらいに小さな愛と。
 少女の中にある真実の想いと。
 歪んだ愛が。
 全てを狂わせることを──。

 鳥籠の中の小鳥は、まだ知らない。

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