第12話

第二幕 愛の喜び 第五話 幸福な愛
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2022/08/03 03:03
 最近、桃ともしっかり付き合うことができて、幸せだと思っている。
 休み時間にはうめとも会話をし、昼休みには三人で昼食。放課後は途中まで一緒に下校して、帰ってきてからは一通りの学習とメッセージトーク。
 これまでの不幸の分の幸せは、今ここにある。
 きっとちゃんとバランスが保たれているのだと思う。これまでどれだけ不幸だっただろう。どんなことをしても、何かが違うと言われ続け、普通ならもらえる母親からの愛情も、普通ならもっと触れられる父親の温かみも、満足に与えられず、むしろ母親には傷つけられ、苦しい父親の背中ばかりを見て、誰にも受け入れられず、最終的には自分から孤独を選んだ。
 なのに今は、あの頃は想像もできなかったくらいの幸せを抱きしめている。
 この幸せの正体は、淡い恋心なのかも。

 何事もない平穏な学校生活の後、休日が訪れる。
 これと言って趣味もなく、やることもとっくに終わらせ時間を持て余した私は、また外に出歩くことにした。
 変わらぬ住宅街の風景、五月の暑い気温と匂い、それから申し訳程度に吹く柔らかい風。ふらふら出歩くなんてことはいつものこと。だから結局はいつもと同じような道を通る。
 ああ、ここで桃やうめとばったり会えるだろうか、なんてことを思い始めたころ。
「......あれ、あんずちゃん」
 ランニング姿の女子高生? に、自分の名前を呼ばれる。話し方から、恐らく知人であるだろう。
「あぁ、変装してるんだったわ......わたしよ、桃」
 掛けていたサングラスを外し、桃は顔を見せる。
「あ、桃......まさか、本当に会うなんて」
「へ、本当にって?」
 さっきまで、会えるだろうかなんて思っていたことを言えるはずもない。
「なんでもない......それで、ランニング?」
 焦り気味で話題をそらす。桃は「そう」と肯定する。
「昔っから仕事がない時の習慣だったの。そういうの、あんずちゃんにはない? ほら、抜けない習慣みたいな」
「わかる...かも。私も今出歩いてるの、暇なときいつもしてることで.......」
「おんなじなのね...ほんとに偶然」
 桃がふふっと可愛く笑ったので、私も思わず微笑む。
「......わたし、芸能活動休止して...というか辞めて、良かったと思ってるの」
 不意に新たな話題に切り替わって、真意が読めないままでいると、桃は言葉を続ける。
「あんずちゃんにも出会うことができたし......それに、うめとも今までよりもっと長い時間一緒にいられるようになった。好きな人といる時間なんてもの、これまで少なかったから。たまーにタイミングが合ったときくらい」
「すきな、ひと......」
「......あっえっとあれっ漏れてたかしらその言葉...⁉ これはその、恋愛的な意味じゃなくって......」
 赤面する桃。私はこの時、心臓に冷水をかけられたような感覚がした。つまり桃はうめに恋情を抱いている、と。
 けれどとにかく反応せずに、心をできる限り包み隠して。
「わかってる。そう焦ったら逆に怪しくなっちゃうよ...」
 口を閉じて、それらしい笑みを浮かべた。
 私の、疑ってしまうくらいの愛は、叶わずに終わるものとなるのだった。

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