楽屋の中で、そうポツリと呟いた。3人は、そんな事言われると照れるな、とか ありがとう、とか色々反応してくれた。
するとセンラさんが急に黙り、拗ねたように頬を膨らませた。
その様子に気付いた志麻さんがセンラさんにどうしたのと問いかけ、その声で他の2人もセンラさんの様子に気が付く。
その絞り出したような小さな声に、私は勿論他の3人も驚いたように目を開いた。
頬を膨らましていた理由が、思っていたのと180度違ったのだ。
怒っていた理由が私のせいだと思っていたから、その答えに少しだけ安心したのも確かである。
どうやら、私の事を名字で呼ぶか下の名前で呼ぶかという事らしい。
私はハラハラしながらその様子を見守っていた。これからライブなのに喧嘩してしまうのは嫌だが、変に口を挟んで余計こじらせるのも嫌だった。
いかにも年下らしい、可愛い回答──主観はかなり入っているが──だった。首をこてんと傾け、なんで? という風にセンラさんを見つめるさかたんは、この辺りが癒し系担当の由縁なのだろうと私は一人納得した。
ずっと喋らずに4人の会話を聞いていた私は、急に話をふられとっさに返事をしたものの、センラさんに下の名前で呼ばれるという事実を理解して聞き返した。
今なら、高校時代に好きな人に名前で呼ばれて喜んだり恥ずかしがっていたりした友達の気持ちが分かる。嬉しい。嬉しいのに、恥ずかしい。
うらさかに可愛いと言われ、お世辞だと分かっていても顔が赤くに染まる。両手を前に付き出してブンブンと首と共に振る。すると、志麻さんがどんどん近付いてきた。かと思うと、私の右の頬がぷにっとへこみ、真横からあのかっこいい声が耳に入ってきた。
ボボボボッ、と音が付きそうなくらい顔が真っ赤になり、声にならない声が出る。
無理もない。あの志麻さんに頬をつつかれ、更にはとても近くでそう言われたのだ。亜香里だったら失神確定だ。
すると、急に体が傾き、何か大きな、温かいものに包まれた。
それを理解するのに、きっと10秒はかかっただろう。理解した頃には、がっちりホールドされて逃げる事も出来なかった。
もう頭は真っ白で、何も考えられない。何とか絞り出した声も、言葉にならずにポツリポツリと意味もなく紡がれる。
それを助けてくれたのが、頼れるリーダー うらたんだった。
やっと解放されても顔の熱は治まらず、両手で頬をおさえてしゃがみ込んだ。心配したセンラさんが、しゃがんで声をかけてくれた。
少しの静寂が流れたが、それを切ったのはスタッフさんの声だった。
私は立ち上がり、席に戻ることにした。
お礼を言って頭を下げ、逃げる様に走って戻った。
戻ってからもなかなか顔の熱は引かなかったが、ライブが始まり4人が登場した途端、そんな事も忘れた。精一杯楽しんで、ペンライトを振って、皆の歌に応えた。
ゴンドラに乗って客席を回るとき、センラさんと目が合った気がしたが、そんな気がするのは周りも同じ。今目合った! 等と喜んで話しているのを耳にして、気のせいか...とやり過ごした。
帰ってから、◯◯さんに追加されました、という表示が3件来ていた。開くと浦島坂田の3人で、また舞い上がりそうになってしまった。
スマホを落としそうになるのを堪えて、4人に「お疲れ様でした!楽しかったです!」と送った。
返事は来なかったから疲れているのかな、と思いながら、ライブの余韻に浸りながら目を閉じた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!