第14話

①②
4,907
2018/10/12 22:10
過ぎていく景色が、全く目に入ってこない。それはきっと、隣にこの人がいるからだろう。
10分前、電車に優しく揺られていた私の肩を、誰かがトントンと叩いた。顔をあげると、そこには口許に笑みを湛えた折原さんがいた。
あなた

お、折原さん....!?

何でこんなところに? と聞けば、恥ずかしがる様子もなく  あなたちゃんと行きたかったから  と答えられ、あまりの素直さに赤面してしまった。
折原 千羅
なぁ、そろそろ “センラ” 
って呼んでくれへん?
そこまで混んでいなかったため隣に座った折原さんが、口を尖らせて拗ねたようにそう言った。隣に座られ緊張でガチガチだった体が余計に固まり、更に熱くなるのも感じた。
あなた

で、でも....
仕事と別にしたいというか....

すると、膝にのせていた手が折原さんの両手に包み込まれ、それに驚いて顔をあげたのを逃さないように、逸らせないほど真剣な目で見つめてきた。
折原 千羅
僕は、仕事やなくて普段から
あなたちゃんと仲良くしたいんや
そんな目で見つめられて断れるはずもなく、 “センラさん” と呼ぶことになってしまった。
そして、握られたままの手は、目的の駅につくまで放されることはなく、電車を降りたあとに汗ばんだ自分の手を見つめ、ホームで一人静かに赤面した。


斎藤 美咲
おはよう
....あら、一緒に出勤?
私と折原さんを見かけるや否や、ニヤニヤと口をつり上げながら美咲さんがそう言ってきた。
あなた

ちっ、ちがいm....

折原 千羅
そうなんですよ~
あなた

折原さんっ....!

折原さんがそれにノってふざけだすものだから、どんどん顔が熱くなっていった。もういいです! と言って自分の机に行き、早速昨日出来なかった分の仕事に取りかかった。


斎藤 美咲
あなたちゃん、お昼行きましょ
あなた

あ、はい!

昼になり、そう声をかけられた。私は弁当を持って美咲さんと一緒に行こうとしたのだが、後ろから 待って という声が聞こえた。
折原 千羅
今日、あなたちゃんと
2人で食べてもええですか?
その声は振り返らずともわかった。聞こえた言葉にダラダラと嫌な汗をかきながら、 断ってくれ という目で目の前の美咲さんを見る。しかし、美咲さんはその視線には気付かず──いや、気付いていてわざとなのかもしれないが、いいよ と簡単にOKを出してしまった。
折原 千羅
ありがとうございます
美咲さんは他の人と昼を食べに行ってしまい、残された私は折原さんと食べるしかなかった。本当にすごく嬉しいのだが、あんなことがあった後だ。気まずいし、きっと思い出して赤くなってしまうだろう。しかし折原さんが私にニコリと微笑みかけ、それだけで まぁいいか と思えてしまうのだから単純だ。
折原 千羅
ちょっとついてきてもらっていい?
あなた

あ、はい....!




───────────おかしい。

折原さんに言われてついていったのだが、食堂に行くのかと思いきやどんどん人気のない場所へ進んでいく。
あなた

あの....折原さん....?
食堂に行くんじゃないんですか?

折原 千羅
うん。でもその前にな、
後ろからそっと声をかけるとゆっくりと振り向き、見たことのない顔で笑っていた。口許には笑みがあり、目尻も下がっている。なのに、いつものような柔らかい雰囲気がない。
その表情に何故か恐怖を覚え、無意識にじりじりと後ずさりをした。
あなた

お、折原さ....

トンッと壁に肩が当たったところで、折原さんの手が顔の横に伸びて壁に当てられた。そして、口角の上がった口をゆっくりと開いた。
折原 千羅
お仕置きしんとなぁ....
あなた

お、お仕置き....!?

目を細めてそう言った折原さんとは対照的に、私は目を見開いて叫んだ。私が何かしただろうか、と記憶を巡らせるが、全く思い当たらない。その様子に気付いたのか、空いている方の人差し指を、私の唇に当てた。
折原 千羅
“折原さん” やなくて “センラ”
って呼んでってゆうたよね?
その言葉でハッと思い出す。そういえば朝、名前で呼んでと言われた気がする。顔から一気に血の気が引いていくのを感じた。
すると、クスッと笑ってから人差し指を離し、掌で私の視界を奪った。
あなた

!!?

折原さん....センラさんはその掌の上からそっとキスを落とした。勿論、私は何をされているのかなど分からなかったのだが。
折原 千羅
じゃあ、行こっか
あなた

ぅ...はい....

その後は何もなかったかのように一緒にお昼を食べ、仕事をした。途中、何度か視線を感じたのだが、向かいのセンラさんと目が合うことが多かったので センラさんかな? と思い、気にすることはなかった。


朝、それは突然起こった。
電話
プルルル....プルルル....
丁度家を出ようとしていたとき、リビングで電話がなった。私は少し開いたドアを一旦閉じ、駆け足でリビングまで行った。
あなた

はい、加藤です

電話
《──────......》
あなた

もしもし?

電話
《──────......》
電話口からは何も聞こえず、いたずら電話かな と思い、受話器を置いて玄関に戻った。
あなた

な、に...これ....

玄関には、生ゴミや新聞のゴミなどが無造作にばらまかれていた。ついさっきまでこんな事にはなっていなかった。私は混乱して、その場から動くことが出来なかった。

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