そう言ってふわりと笑った顔は、間違いなく浦島坂田船のセンラさんそのもので、私はメデューサの目でも見てしまったのかと思うほど固まって動けなくなってしまった。
ペコリと頭を下げてからもう一度顔をあげる。ライブで何度か見た素顔だったが、ここまで至近距離なのは初めてだ。自然と顔が熱くなり、それが恥ずかしくて俯く。
少し困ったような笑顔で話しかけてくれているのに、緊張でうまく言葉がでない。俯いたままでいると、どこからか声がした。
同じオフィスの先輩に指摘され反論しようとするが、図星で何も言えずにいた。しかし、本人はそのキラキラの笑顔で、
と言うのだった。もう心臓は爆発しそうなくらいバクバクと鳴っていた。
部長さんの一声で、集まっていた人達が動き出す。少しホッとして息を漏らし、すぐにまた気合いを入れた。
斎藤さんの優しくて綺麗な微笑みに、自然と心が落ち着く。私は自分の机に戻ろうと足を一歩踏み出した。
緊張でつい江戸っ子口調になってしまい、それに大爆笑するセンr....折原さん。そのまま穴を掘って頭まで埋まりたい気分だった。
姿勢を立て直しきちんと振り向くと、折原さんは涙を指で拭いながらどうにか笑いを抑えていた。
センラさんは尚もくくっと笑っていたが、倉庫や会議室、私が向かいそうなオフィスを案内してくれた。休憩所や、急騰室ではお茶の入れ方まで教えてくれた。食堂を案内してもらったところで、折原さんが口を開いた。
その口調はあくまでも優しくて、それでも何か探るような、疑うような口調でもあった。私は慎重に、思っている事を言葉にした。
うまく喋れなくて、もう少し日本語を勉強すれば良かったと後悔した。
お昼の時間にはまだ早く、食堂にいるのは幸い私と折原さん、奥で掃除をしている清掃のおじさんだけで、私の声は驚くほどこの部屋に響いた。そんな状況が逆に私を焦らせ、どんどん日本語がおかしくなっていく。
あまりの日本語に自分でも恥ずかしくなるが、しかし伝えたかった事は伝わったのだろう。折原さんはニコッと笑って頭の上にポンと手をのせた。
人差し指を口に当て、しーっ というポーズをとる。私の頭に乗った手はゆっくりと上下に、ポンポンと撫でるように動いている。もうそれは破壊力抜群で、一気に顔が赤くなるのを感じた。
何も考えられなくなりそうな気持ちの中で絞り出した声に、折原さんはまた吹き出す。それを見て私は、訳が分からないままただただ顔をタコのように赤くして、焦っていたのだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!