髪の毛からポタポタと滴を垂らしてそう言うセンラさんを、私は勿論、他の人達も全員が目を丸くして見ていた。
そう言って、先輩と私を連れて、センラさんは休憩スペースへと向かった。私は訳が分からなくて、ただただついていった。
2人に問いかけるセンラさんは、怒鳴ってはいなかったものの、怒りがひしひしと伝わっていた。先輩達は、肩を狭くして俯いたままだ。はぁ と一つため息をついて、ポケットからスマホを取り出した。
スマホから流れたのは、あのときの会話だった。
先輩達はみるみる顔を青くし、目を合わせたりしていた。
こんなことになるならあのときに止めておけば良かった.... そう呟いたセンラさんは、眉間に皺を寄せ、明らかに怒りを見せていた。私は未だに状況がうまく理解できず、ただ呆然と3人の間で交わされる光景を眺めていた。
頭を下げて謝ったあと、ちらりと私の方を向いて悲しそうな瞳で睨まれた。
2人が走ってその場を去ったあと、私とセンラさんの間に重い沈黙が流れた。
お礼を言おうとしたとき、温かいものに包まれた。それは少し濡れていて、震えていた。
怖かったよな、と、今にも泣きそうな声でそう言われた。センラさんは何も悪くない。むしろ───
あんなに避けたのに
酷いことをしたのに
それでもこの人は、自分が悪いと、まるで自分が受けたことのように、一緒になって心配してくれる
力強くギュッと抱き締められて、なのに全然痛くない。その優しさに、自然と涙が溢れ出る。ボロボロと大粒の雨のような滴が、私の頬やセンラさんのシャツを濡らす。
久しぶりに、人前で泣いた気がした。
奢ってもらった缶コーヒーを手渡され、温かいそれを握りしめながらセンラさんの顔を見る。ふと、センラさんが口を開いた。
ポツリと呟かれたその言葉は、静かな休憩スペースではよく響いた。眉を下げて少し眉間に皺を寄せて、唇を噛み締めているセンラさんは、本当に自分が悪いと後悔している様子だった。
抱き締められてからずっと、そうじゃないかと思っていた。
いや、もしかしたらその前からずっと、心のどこかでそう思っていたんだろう。
ダメだと分かっているのに、言葉が紡がれる。
きっと、私は────
センラさんを、好きになってしまったんだ。
浦島坂田船の一員じゃなく、一人の男性として。
でも、
でも、この気持ちには蓋をしないといけない。
センラさんは、やっぱりアーティストだ。
ファンもいるし、私一人が独占してはいけない。
きっとこれから、新しい恋もたくさんするだろう。
年の離れた私が、センラさんを独り占めしていいはずがない。
センラさんは笑って、そう返事をした。私も笑い返した。───笑い返せていたはずだ。
折角気付けた恋だったのに....
私は、ほんのり温かい缶を、ギュッと握った。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。