あの後は結局、教室に残された千紗に、私たちが廊下にいたことを告白した。
千紗は教室で起こったことを少しだけ話してくれた。
爽太先生はキスされる寸前で、茜ちゃんの首元に傷があることに気づいた。
その当時は学校に親が来ているのをたまに見かけたけど、最近はもうその様子はなかった。
私も、問題は解決したものだと勝手に思ってた。
なのにまた傷が見つかるなんて。
千紗は茜ちゃんのことを知ってかなり動揺していた。
でも、と言葉を溢して、千紗は手を固く握りしめた。
そう言うと、目にあふれた涙が頰を伝った。
きっと茜ちゃんは、先生にそばにいてほしかった。
先生に甘えることで自分を保ってた。
ぶっきらぼうな言い方で慰める雄哉に、私もどこか気持ちが救われる思いがした。
そう言い残して、千紗は教室の扉を静かに閉めた。
私は結局何一つ気の利いたことが言えずに帰路についてしまった。
そんなしょんぼりした私に気を遣って、雄哉は必要以上に私に話しかけることはしなかった。
とぼとぼと雄哉の隣を歩いていると、誰かがそばに駆け寄ってくる気配がした。
葵くんの声だ。
……えっ、何だろう突然。
でも、今の私には他のことを考える余裕がない。
歯切れの悪い返事から、葵くんは私の様子に気づいて"あっ"という顔をした。
じゃ、と言って、私たちを追い越して行った。
すぐに状況を飲み込めず、家に帰って落ち着いたら、とりあえず明日葵くんから話があることを理解できた。
それがわかってから、緊張と、僅かな期待が胸に広がり始めて、夜はなかなか寝付くことができなかった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!