突然、先輩に抱きしめられてしまった。
少しだけ震えるような「ごめん」とともに
先輩は名残惜しそうに私を離す。
びっくりした……!
ドキドキと高まる鼓動を必死にごまかして、
先輩の家へとお邪魔する。
なんだか風邪を引いてから
先輩のスキンシップが増えている気がする。
正直、心臓に悪い。
ぼそっと恥ずかしそうにそう呟いて
先輩は2階へ上がっていった。
案内されたキッチンは使い込まれてない感じで
少し生活感がない。
病気がちの母にいつも作っていたたまご粥は
自信がある料理のひとつだ。
母直伝の土鍋で作る優しい味。
弱った先輩と病気がちだった母を重ねてしまって、
つい放っておけなくなってしまった。
本当はすぐに学校に戻るつもりだったのに……。
蓋をした土鍋から吹きこぼれる泡は
まるで私の気持ちみたい。
蓋をしても無駄だって言ってるみたい。
いつもより上手にできた。
少し冷まして先輩の部屋がある2階へとお粥を運ぶ。
苦しそうな声が聞こえ
そこが先輩の部屋だとすぐに分かった。
ドアを開けた先には、黒を基調とした
男の人っぽいシックな部屋。
初めて入る男の子の部屋に少しドキドキする。
これが……先輩の部屋?
ベッドで起き上がった先輩にお粥を渡すと
こちらをじっと上目遣いで見上げてくる。
まるで駄々をこねる子供だ。
ふぅふぅとお粥を冷まして先輩に器を渡すと
無邪気にありがとうと笑った。
先輩への気持ちに蓋をすればするほど、
どんどん沸騰してこぼれてくる。
先輩はそんな私の気持ちなんてお構いなしに、
もぐもぐとお粥を頬張った。
────次の瞬間。
なぜか先輩の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
ぼろぼろと涙を流す先輩。
男の人の涙なんてはじめて見た……!
先輩は私の手を払いのけてまたお粥を食べ始めた。
そして少し落ち着いた頃、
先輩はベッドの横をぽんぽんと叩く。
じっと潤んだ目で私を見つめ
先輩は静かに語り始める。
確か、いないって言い張ってたけど。
あまりに悲しい過去を聞いたせいか
次の言葉が見つからない。
多分、何を言っても間違いだ。
先輩と初めて会った日
私は先輩の胸ぐらに掴みかかった。
突然息が荒くなり気絶したのは
そのせいだったんだ───。
先輩はぽんと私の頭に手をのせる。
くしゃくしゃと私の頭を強引に撫でて
先輩は何かをごまかすように小さく笑った。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。