そうして、南側校舎の一階にある、写真部と紙が貼られた部屋の前まで二人を連れて来た日向子が扉をノックして、「失礼します」と開けた瞬間──、
中から突然、叫び声が聞こえてきた。
ビクッと固まった日向子の後ろで、驚いて目を瞠るテレサと、警戒モードのアレク。
声の主は、今朝、二人を見ていた眼鏡をかけた男子生徒で、天に向かって両手を広げ、熱く語り続けていた。
両脇には多田と伊集院が座っていて、客人に気付いてギョッとする。
伊集院が慌てて止めようとするが、自分の世界に入ってしまった彼の耳には届かない。
窓外に広がる青空へと視線を移し、滔々と声を張り上げていた。
伊集院は汗を浮かべて固まり、多田は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
やがて、ばつが悪そうに日向子が咳払いをして、眼鏡男子はハッと振り返る。
気まずい沈黙が三秒ほど流れ、きょとんとした顔のテレサに、アレクが無情にも告げた。
同時に、必死に止める伊集院の悲鳴が、廊下にまで響き渡った。
実は、写真部は部員が少ないことが悩みの種だった。
だが、部長の杉本は、写真コンクールに応募して入賞作が出れば、評判になって、部員も増えるだろうと楽観的に考えていた。それで、次のコンクールの『春』というテーマに向けて、独自の熱い思いを語っていたのだ。
とは言え、彼がいつでもどこでも、大抵よからぬことを考えているのも、また事実である。将来の夢が『ヌード写真家』というだけのことはある。
テレサはそのまま立ち去るのも失礼な気がして、「アレク」と目で訴える。
そういう目をされるとアレクも強行できず、ため息をついてその場に留まった。
すると、眼鏡男子は何事もなかったかのように澄まし顔をして、渋い声で自己紹介を始めた。
伊集院が横から補足すると、多田もこくっと頷いてテレサ達を見た。
テレサはニコッと頷き返して、礼儀正しくお辞儀をする。
その横で、不信感を抱いたままのアレクが、低い声で名乗った。
それから日向子に促され、ようやくテレサとアレクは室内へ足を踏み入れた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!