半時後、テーブル席のソファに背を埋め、怯えている伊集院の前で、アレクは深く頭を下げていた。隣に座ったテレサが、ふと何かを思いつき、真剣に告げる。
アレクがなるほど……と頷いて、立ち上がるが、近付いた多田が、
と言って、氷囊を伊集院に渡しつつ、二人を制した。
と騒ぐ伊集院の右目が腫れ上がっている。テレサは申し訳ない気持ちでいっぱいになって、心から頭を下げる。
思わずデレッとなるが、アレクにギロッと睨まれると、怖くてひゅっと壁際まで遠ざかり、
と大袈裟に目を押さえるのだった。
アレクはムッとしていたが、テレサと多田は、ついくすっと笑ってしまった。
それからテレサとアレクは、ゆいがお薦めだと言う珈琲ゼリーをご馳走になる。
アレクがカウンター脇に飾られた写真に目を留めていたので、テレサも改めて店内を見回してみる。美しい風景写真にまじって、少しセピア色に変色した昔の多田珈琲店の写真が飾られていた。
気が付くと、テレサ達の向かいに座ったゆいが大きな黒い瞳を輝かせて、好奇心いっぱいという様子で話しかけていた。
頷いたテレサが思い出していると、アレクが咎めるように低い声で呟く。
その言葉を聞いたゆいは喜々として、芝居がかった口調で語り出した。
そう言って指さしたソファの後ろの本棚には、写真雑誌や時代小説、観光案内本にまじって、少女ビーンズ文庫の『ひまわり急行─恋する事件簿─』シリーズが十五巻まで並んでいた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!