第12話

<第一章>-10
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2018/11/09 01:56
アレク
アレク
アレクサンドラ・マグリットと申します。誠に申し訳ありません。てっきりテレサが襲われているとばかり……
半時後、テーブル席のソファに背を埋め、怯えている伊集院の前で、アレクは深く頭を下げていた。隣に座ったテレサが、ふと何かを思いつき、真剣に告げる。
テレサ
テレサ
アレク、こういう時は、土下座ですよ!
アレクがなるほど……と頷いて、立ち上がるが、近付いた多田が、
多田光良
多田光良
もう大丈夫ですから
と言って、氷囊を伊集院に渡しつつ、二人を制した。
伊集院薫
伊集院薫
大丈夫じゃねーよ! 光良、なんなの、この人、すんげえ怖いんですけど……!
多田光良
多田光良
悪いのはお前だろ……
伊集院薫
伊集院薫
は~!? なんで~!?
と騒ぐ伊集院の右目が腫れ上がっている。テレサは申し訳ない気持ちでいっぱいになって、心から頭を下げる。
テレサ
テレサ
本当にごめんなさい、伊集院さん
伊集院薫
伊集院薫
あ? いいのいいの! テレサちゃんが心配してくれたら、なんのその~だよ!
思わずデレッとなるが、アレクにギロッと睨まれると、怖くてひゅっと壁際まで遠ざかり、
伊集院薫
伊集院薫
ああ、痛いよ~。泣いちゃうよ~
と大袈裟に目を押さえるのだった。
アレクはムッとしていたが、テレサと多田は、ついくすっと笑ってしまった。
それからテレサとアレクは、ゆいがお薦めだと言う珈琲ゼリーをご馳走になる。
アレクがカウンター脇に飾られた写真に目を留めていたので、テレサも改めて店内を見回してみる。美しい風景写真にまじって、少しセピア色に変色した昔の多田珈琲店の写真が飾られていた。
多田ゆい
二人は、空港から東京駅まで来たところで、はぐれちゃったの?
気が付くと、テレサ達の向かいに座ったゆいが大きな黒い瞳を輝かせて、好奇心いっぱいという様子で話しかけていた。
テレサ
テレサ
戻りたくてもお金もなくて。そしたら、お城が見えて
頷いたテレサが思い出していると、アレクが咎めるように低い声で呟く。
アレク
アレク
あれほど一人で行かないで、と言っておいたのに……
テレサ
テレサ
ごめんなさい……
その言葉を聞いたゆいは喜々として、芝居がかった口調で語り出した。
多田ゆい
『人間は過ちを犯すものです。しかし、犯した過ちは、人生という旅の中で、ひとつの豊かさになるのです!』
アレク
アレク
はい……?
テレサ
テレサ
素敵な言葉ですね!
多田ゆい
でしょう!? 『ひまわり急行─恋する事件簿─』の、山村ポワロンよしこの言葉ですよ!
そう言って指さしたソファの後ろの本棚には、写真雑誌や時代小説、観光案内本にまじって、少女ビーンズ文庫の『ひまわり急行─恋する事件簿─』シリーズが十五巻まで並んでいた。

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