第7話

<第一章>-5
242
2018/11/02 01:24
同じように扇子を掲げたテレサが、声を張り上げる。
テレサ
テレサ
『いつも心は虹色に!』って最後に言うんですよ!
そのポーズは、桜の木の前で写真を撮った時に見せたものと同じだった。
少年
少年
道理でさっきから……
テレサ
テレサ
日本で大人気なんですよね!
少年
少年
そう、かな……
少年が首を傾げる間にテレサの視線は再び取水口へ向けられて、元気に別れの挨拶をした。
テレサ
テレサ
では!
少年
少年
ちょっと待った! あれはフィクションだから。というか、ここ入ったら、捕まるんで
そう言って、柵を乗り越えて行こうとした外国人少女を、少年は必死に引き止めた。
辺りを警備している警察官と目が合ったのは、きっと気のせいではないだろう。
そうなのか、とやっとの事で事情を理解したテレサだが、取水口を名残惜しそうに見つめて、
テレサ
テレサ
でも、せっかく憧れの場所に来られたのだから……、心に刻みます!
パンパン、と手を叩いて、深くお辞儀をした。
やっぱり変わったヤツだ……とその横顔を少年は見つめていたが、
少年
少年
まあ、とにかく、気をつけて
と言い残して、その場を離れようと踵を返した。
次の瞬間、緑道に突きだした桜の太い枝に、ガン! と頭をぶつけてしまう。
目がチカチカしたが、周囲の人達から好奇の目で見られてばつが悪く、何事もなかったように歩いて離れて行く。
そんな少年を、「優しい人だったな」と思って見送るテレサだった。
その後、テレサが大通りに戻って来ると、どんよりとした雲から、遂に大粒の雨粒が落ちてきた。さっきまで花見を楽しんでいた人達は、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
「ゲリラ豪雨よ!」「天気予報、晴れだったのに!」
そんな声を聞きながら、テレサも慌てて無人の交番の軒下に駆け込んだが、これほど強い雨からは頭が濡れないようにするのが精一杯の広さしかない。
そこへ、同じように雨宿りが目的の、一匹の白い猫が逃げて来た。
しかしテレサを見ると警戒して、少し距離を取ったまま、軒下の端のところに立ち止まる。
気付いたテレサは、しゃがんで目線の高さを同じくすると、優しく笑いかけた。
「おいで? 風邪ひいちゃうよ?」
安心させるように手を伸ばして指先を臭わせると、猫はようやく警戒を解いて足元に近付いて来た。その身体は濡れて震えていたので、白い服が汚れるのも構わず抱き上げる。
それからハンカチで拭いて、「これで大丈夫」と微笑みかけると、猫は嬉しそうに「ニャ」と鳴いた。
見合って、「ふふっ」と笑うテレサ。その時──
バシャッ!
前の道路を通り過ぎたトラックが泥水を撥ね上げ、白いブラウスが灰色に染まる。
咄嗟に腕の中に庇った猫だけは無事で、自分を守ってくれた少女を心配そうに見上げていた。
テレサ
テレサ
だ、大丈夫……
安心させようとして、何とか笑顔を作って頷くテレサだったが、かなり痛々しい姿である。
その頭上に、突然、すっと傘が差し出された。

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