第3話

<第一章>
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2018/10/26 05:00
アレク
アレク
テレサ様、もう一度確認してください。忘れ物はありませんか?
ラルセンブルク空港のロビーで、アレクが心配そうに振り返る。
テレサ
テレサ
大丈夫よ、アレク。カメラとハンカチ、飴に、扇子も持ってきたわ
テレサは大きな荷物を指さし確認してから、手にしたポシェットの中身も見て元気に頷いた。
アレク
アレク
扇子……?
テレサ
テレサ
レイチェルがお餞別にって、くれたの
そう言って、嬉しそうにパッ、と七色の虹が描かれた扇子を広げて見せる。
アレク
アレク
なるほど……。しかしまだ春ですから。扇子を使うほど日本も暑くはないと思いますが
と呆れたように言いながらも、目の奥で優しく笑うアレクは、燃えるような赤い髪にグレーのパンツスーツがよく似合っている。
一方のテレサは、金髪のロングヘアーをいつものようにポニーテールにして、白いブラウスと水色のフレアスカートに身を包んでいた。
二人の身長差は四センチだが、それ以上にアレクが大きく見られる。
子鹿のように華奢なテレサに比べ、武術の心得があるアレクは細身だが筋肉質だから──というだけでなく、テレサを守ろうという姿勢がそう見せるからかもしれない。
見送りに来た人達と別れて、ラルセンブルク家のプライベートジェットに乗り込んだ後も、
アレク
アレク
これからは、私と二人きりですから。絶対、一人で行かないで下さい。そして知らない人についていかないでくださいね
と告げていた。
テレサは無邪気に笑って、「私だって、もう小さな子供じゃないんだから」と答えそうになったが、アレクの真剣な目を見るとそうも言えなくなって、「はい」と力強く頷いた。
テレサとアレクは、三歳の頃からずっと一緒に育ってきた。
一人娘の遊び相手を探していたラルセンブルク国王が側近の娘を城に招いたところ、二人は気が合ってたちまち仲良くなった。
以来、親友ではあるが、賢いアレクは「姫と侍従の関係である」とすぐ悟った。
一方、陽気な両親から溢れんばかりの愛を一身に受けて明るく素直に育ったテレサは、徐々に『未来の女王』という自分の立場を理解していく。
生まれ育ったヨーロッパの小国である緑豊かなラルセンブルクが大好きだったし、人々が望んでくれるのなら、と心から思い、素直に全てを受け入れ、帝王学を学びつつ成長してきた。
今回、遠い異国である日本に一年も留学するのも、ラルセンブルク家では代々、成人になる前に見聞を広めるべく、国から出る習わしがあったからだ。
そこに「私も行きます。行ってみたいんです、日本に」とアレクが手を挙げて、二人での留学が決まった。それはもちろん、アレクが自分を心配したからだとテレサにもわかっていた。
私がもっとしっかりしないと……。
座席のベルトを締め直し、深呼吸をして「うん」と元気に頷くテレサ。
エンジン音が大きくなり、やがてジェット機は雲一つない青空へ向かって飛び立った。

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