人影は桃色の髪を揺らして、ふふっと笑った。
あたしは警戒しながら問いかける。もちろん、背後にも気をつけて。
…助手!?
助手というのは、確か推理で探偵を補佐したり情報を集めたりする人だったはずだ。あくまで裏での作業に長けている場合が多く、こんなに戦闘能力が高い助手などなかなかいないだろう。
でも、さもの助手ならば納得だ。あいつは優秀だからある程度強い武器を買うことはできるだろうし、優秀な探偵の助手が優秀でもなんの不思議もない。
新聞記事には公に出ていないせいで忘れられがちだが、実は裏でめちゃんこすごいことしてるタイプの人かもしれない。
言葉こそ心配しているように見えるが、口調は完全に相手を見下し、嘲笑うものだ。あからさまに煽ってこないのがさもとの違いかもしれない。
あたしは何も答えずに、無言でナイフを投げる。言葉じゃなく拳で、攻撃で語り合うのだ。
…あたしはたとえ敵に何がバレようと、脳筋思考でゴリ押してこれたほどには実力あるんだよっ。いくら優秀だろうと、助手に負けるわけにはいかないね!
当然のようにななっし〜は全てのナイフをかわす。
…あ、せっかくだしななっし〜にもあだ名つけちゃお。うーん…頭文字とってなな、でいっか。なんか可愛くなったのだ。
今度はななからの反撃だ。カードやナイフが四方八方から飛んでくる。なかなか腕のいい助手だ。もちろんあたしには当たらないけどね。
こんな感じで、互いに当たらない攻防が続いた。このままだとジリ貧だ。体力はこちらの方がある自信があるが、そろそろ手持ちのナイフがなくなってきた。敵のものを回収するのも考えたが、回収するスキがない。
…待って。この人本当に探偵助手?怪盗に勧誘したいんだけど。
怪盗界隈では四天王と呼ばれるうちの1人であるあたしと互角か、ちょっと有利な戦いをしているのだ。怪盗側に来たら、間違いなく優秀な怪盗になれると思う。
そんなことを考えながら、またななからのナイフとカードをバックステップで避け…たとき。
…背後に気配っ!?
さもの攻撃だ。あたしは咄嗟に右方向へ側転して背後からの攻撃を避ける。
しかし、少し判断が遅れたようだ。太ももに衝撃が走る。
見ると、太ももが大きく裂け、血が流れ出していた。この傷は…あのカードだ。
さもやななとあたしの間に実力の壁を感じて、あたしは唇を噛む。
…あたし、これでも怪盗界で肉弾戦最強って言われてるのに!
太ももの傷をマントで庇いながら、包帯を巻いて応急処置をする。気持ちからか、腕が重く感じた。
そう言ってさもは包帯巻き巻き中のあたしを襲ってくる。
…卑怯なのだ!あたしが逆の立場ならちゃんと回復するまで待つのだ。
さもがおそらく犯罪者を捉えるためのものなのだろうムチっぽいものをこちらへ投げた。あたしはバックステップで間一髪でかわす。と、その時視界にななが投げた小爆弾が見えた。
咄嗟に避ける。爆風でスカートが少し捲れた。
こちらからも爆弾を放ってみるが、当然のように当たらない。どちらかといえば、爆発の音で周囲に状況が知られたらこちらの負けなので悪手だろう。
それにしても、2人の相手って思ったより大変だ。1人の相手に気を取られていたら思わぬところで足をすくわれる。少し判断が遅れただけで命取りになる。これが通常の警備員や警察くらいの強さなら2、3人くらいどうってことないけど、2人ともめちゃめちゃ強いのが厄介だ。気が抜けない。
あたしは抜け出すべき窓とは反対側にある窓ガラスを狙ってナイフを投げる。2人がそちらに釣られているうちに、本当に割りたい窓へナイフを投げた。さもがへぇ、と面白そうに唇の端を上げる。
この頃のあたしは違う意味で見下されていることに気を取られ、あちらが知るはずもないことを言っているという違和感に気づかなかった。
あたしは怪盗界随一の足の速さを活用して一気に窓へ近づくと、窓枠に手をかける。
…もうこれで終わりなのだ。
このまま窓から脱出すれば、あたしの足の速さに追いつける人はおそらくいないので勝ちだ。あたしはダメ押しに部屋の中へ爆弾を投げ込むことにする。これの煙幕で足止めできないかなぁ。
そう思いながら、ポシェットから爆弾を取り出し、投げ込む一瞬のスキに。
あたしの体は、宙に浮いていた。
> 挿入されたアイテム
窓枠にはななの姿が見える。どうやら、あいつがあたしを突き飛ばしたようだ。
慌てて受け身を取ろうとする。しかし、ポシェットに片手を突っ込んでいる今、そんな余裕はなかった。慌ててポシェットから手を出せば、下手すれば中身が飛び散る。それに加え、この宝石店の2階って結構高いみたいで、風の抵抗が激しい。
衝撃を覚悟して空中で体育座り状態になり、目を瞑る。確かこれがこの状態での一番いい受け身の取り方だったはず。
…しかし、覚悟していた衝撃はなかった。
ゆっくり目を開けると、視界の一面に広がるのは、ブルーシート。
外では、「捕らえたぞ!」「連絡しろ!」「運べ!」のような声が聞こえる。
チクタク、チクタク、チクタク、チーン。
嘘ぉぉぉっ。受け身を取るのに必死で、下の状態に気づいていなかった。愚かすぎる。
でも、こうやって包まれてるってことは、もうそろそろパトカーに連行だろう。
さっき戦いに使いすぎたせいで、ナイフの残りももうない。
自分の中指に目を向ければ、指輪もいつの間にか回収されていた。
脳筋怪盗が、探偵とその助手に負けるなんて思いもしなかった。それも、物理で。
『FISH』は罠の情報をたくさん教えてくれたし、アクシデントはあったけど無事全部引っ掛からなくて済んだ。…指輪以外。
つまり、これはほとんどあたしの実力不足。
…あたしの、負けだ。
幸い、持ち物が回収されていなくて助かった。あたしはスマホを取り出す。
真っ先に開くは、『FISH』の連絡先。
数分待っても既読がつかない。今は忙しいのかな。
なんとなく、トーク履歴を遡る。
ちょうど1時間前くらいに交わしたメッセージだ。
あたしは怪盗ウルフ。どんなにこちらの手口がバレようとも、捕まりそうになろうとも、物理で全てを解決する脳筋怪盗。
…まだあたし、諦めないのだ!怪盗ウルフの凄さはこっからなんだからね!
ゴンっと、鈍い衝撃。パトカーのトランクにでも乗せられたのだろうか。
よく自分の状態を確認してみれば、銃も取り上げられている。でも、怪盗の武器はそれだけではない。
あたしは、懐からペンを取り出した。
そう、これも立派な銃なのだ。
…今日は指輪の時に一発しか使ってないから、まだまだ弾は残ってる!
あとはタイミングを間違えないようにしなきゃ。止まってる時だとまた捕まる可能性が大いにある。
ここはあたしの身体能力に賭けて、パトカーが動いてる途中にダイナミックに脱出するのだ!
ここまできたら、指輪は諦めるしかない。まずはあたしの身を優先に。自分の身は自分で守るのは、一般人だろうと怪盗だろうと変わらないのだ。
よく神経を集中させる。止まっていたパトカーが…動き出した!
あたしはペンをノックする。弾はブルーシートを突き抜けた。
警察の驚いたような声。どうやら警察の近くにうまく命中したみたい。
あたしはそのまま小さな穴を力づくで広げ、ブルーシートから脱出する。
助手席側の警察が、あたしを見て驚いている。
そのまま、車の窓ガラスの端っこの方を殴って割った。車の窓ガラスは真ん中より端っこの方が柔らかいのだ。これくらいなら素手で割れる。
パリンッというガラスの音に警察が気を取られているうちに、あたしは車のドアを開けた。
日本の警察も衰えたんだなぁ、と思いながら、一気に飛び出す。
お決まりの、勝利の挨拶を叫んで。
あたしは、乗せられていた車…覆面パトカーの隣にあった車の上に乗る。
そのまま、飛び石のようにしてたくさん走る車の上を渡る。
並の怪盗にはできない、あたしならではの脳筋な技だ。
そんなアナウンスが流れる。でも、もう遅い。
あたしはだんだんと増えていく自分を見るギャラリーの目を振り切り、とある車の上でタタンッとステップを踏む。
そのまま、暗い住宅街の奥へと消えていった。
ちなみに、覆面パトカーに乗っている警察が豈間と鳥間っていう名前のやつだということをあたしが知るのは、もう少し先のお話。
ななっし〜が、怪盗ウルフ…『WOLF』を窓から突き飛ばす。俺はその頃、もう宝石店の下へ移動していた。
警察が、ちょうど『WOLF』が落ちてくるところらへんでブルーシートを広げる。ものの見事に『WOLF』は落ち、即座にブルーシートに包まれた。
俺はそのブルーシートに駆け寄り、すれ違いざまにブルーシートの中の『WOLF』を少し触る。通り過ぎた後、俺の手には、『WOLF』の盗品「藍玉の指輪」と、いつも彼女が愛用している拳銃があった。
…ちょっとだけどスリの練習しててよかった。
警察に信じてもらうためには、盗品の他に武器もスらなければいけない。拳銃を奪ってしまったが、彼女ならナイフなりなんなりでなんとかできるだろう。
…嘘ではないからね。もしかしたら持ってないかもだし。まぁ、あいつは武器がなくとも肉体でなんとかしそうだが。
俺はななっし〜と夜道を歩く。
ハンデ…それは、盗品の「藍玉の指輪」。
あれは、つけているとめちゃめちゃ重い。俺がさっきスったとき、思っていたより重くて一瞬うっとなってしまったほどだ。
あれをずっと中指にはめて戦っていたと考えると、相当苦痛だったんじゃないかな、って思える。
手をパッパと振って電流をとった気だったかもしれないが、あの薬で流れる電流はかなり強い。多分、一度流れたら一日は流れたままだ。
…警部たちは伝え忘れてたのかわざとなのかわからないけど、俺に指輪に塗ってある薬のことを教えてくれなかったので、これは警察たちの会話を盗み聞きしたからわかったことなんだけどね。
それに加えて、薬を拭き取りきれていなくて電気がほんの少しずつ、でも着実に流れていた、というのも考えられる。
…俺が考えたのは、「警察に失敗させる」という作戦。
一旦俺たちの勝利に見せかけて、『WOLF』が警察の手に渡った瞬間脱出するというものだ。
そうすれば、今回『WOLF』を捕まえられなかったのは"警察のせい"と周囲に思わせられる。
警察は妙に正直だ。『WOLF』がそこで逃げたところで、「さぁーもんが捕まえられなかった」とは言わない。「俺たちが逃してしまった」と言うはずだ。
でも、これは完全に『WOLF』のポテンシャルに賭けた作戦。『WOLF』が失敗してしまえば、全部無駄になる。
警察が盗品をどのように保管したかにもよるが、『WOLF』が盗品を取り返せれば、こちらの完全勝利だ。
ななっし〜に今日の分明日は一日お休みだと言って、送り返す。
そして、スマホのメッセージアプリを開いた。
このメッセージは、おそらくさっきのブルーシートの時のものだろう。
しばらく待っていると、向こうのほうで騒ぎが聞こえる。怪盗ウルフを捕まえろ、というふうなアナウンスも流れた。
聞いてたらたとえ何をしている途中だろうと飛び出していってしまいそうだ。
そしてまたしばらくして、届いたメッセージ。
そんなふうに送るが…既読はついているのに、いきなり返信が来なくなる。
思わず声に出してしまった。
…現在時刻、午後4時半。
別に任務失敗したら給料が減るわけではない。しかし、信頼度は減るし、当然盗むことで手に入るはずだった収益もなくなる。今後の給料に直結するのだ。
はい。この考え方、最悪です。
自分の失敗を他人に償わせようとしてる。
画面越しだから上手く抗議できないのがもどかしい。
あまり乗り気じゃなかった問い合わせだが、その名前を聞いて、俺は俄然やる気が出てきた。
…あのね。スポットライト感謝イラストなくて本当にごめん。マジでごめんじゃん。間に合わなかったんだって。最近やること多すぎなんだって。鬼みたいな量の宿題出す習い事の先生が悪いんだって(他人に罪なすりつけるな)【次回予告】
(もー、なんで私がこんな時間に?)
さっさと終わらせて、貸しでも作ってやろうじゃない!
私は堂々と正面から警察署に入った。
__〈- No.5 スピード犯罪 -〉2024/09/14 17:00投稿__
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。